月と六文銭・第十二章(9)
武田から定期的な一時帰国など交際を継続する努力をするとの約束を取り付けたのぞみは、出向要請を受け入れ、勤め続ける決意を固めたようだった。
昨晩からの充実したセックスと自分を魅力的にさせてくれるランジェリーや服に包まれ、気持ちが前向きになったのは確かだった。
~ソムニア1603~(8)
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今朝2回目のシャワーを出た後、のぞみは武田が出発するまでの数か月、こんなセックスをできるだけたくさんしたいと彼に言った。
以前は、体質に合わないからピルを服用したくないと話したことがあったが、あれから何年も経っているし、自分の生理周期が安定しているので、再度服用を考えたいと言った。
高校生の時、のぞみも周囲の受験生と変わらず、生理に悩まされ、受験当日に体調を崩したくなかったから、婦人科でピルを処方してもらい、受験に向け、体調を整えていたらしい。
しかし、副作用が全くないわけではなく、頭痛や吐き気、便秘が激しくなったりして、期間限定でしか使いたくないと思ったのが正直な感想だった。体調が整って、生理痛が軽くなるから使い続けた同級生もいたが、のぞみは受験が終わったらすぐに服用をやめたと言っていた。
「母に相談して、ピルを飲もうと思うの。
出向はストレスが多い状況になるから、生理で体調を崩したくない、と言うつもり」
「副作用みたいなものは大丈夫なのか?」
「初めは気持ち悪く、辛いけど、学生の時と違って、生理は安定しているし、体は大人になっているから大丈夫だと思うわ」
「無理はしないでいいよ」
「体調も整うし、服み続けた友達によると、肩こりや腰痛が和らぐらしいから、しばらくやってみる」
「分かったけど、やっぱり人工的に体調を変更するものだから、慎重にね」
「うん、もちろん。
心配してくれてありがとう。
でも、この感覚、哲也さんを自然のまま受け入れている感覚、しっかり体に刻みたいの、離れていても忘れないように」
のぞみは武田が腰かけているベッドの端まで来て、チュッとキスした。
普段ならここで武田は手を伸ばし、のぞみを抱きしめるか、彼女の胸を手で包んで敏感な先端をいじり始めるのだが、お互いにこの後仕事に向かわないといけないと分かっていたので、辛うじて自制したのだ。
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のぞみはチラッとベッドサイドの時計に目をやり、出勤の準備を始めた。着替える途中で汗をかき始めると、髪も化粧も下着もベタッとしてしまうので、2回目のシャワーは少し温度を下げて浴びた。武田は水が冷たいなと思ったが、のぞみの意図を理解していたので、彼女が髪の生え際までを丁寧に洗うのを眺めて、手を出したりの悪戯をしなかった。
ペパーミントグリーンのサルート製上下をまず整え、前屈みになって胸を寄せて谷間を作った。姿見の鏡越しに武田と目が合ったので、ニコッと微笑んだ。
サルートのファンデーションはやっぱりいい、とブラジャーを着ける度にのぞみは思った。刺繍がきれいだし、武田が選んでくれたから服の上からはきれいな形の胸になっているはずだし、胸が大きくない自分でもキレイに谷間ができるのが嬉しかった。
それまで若者向けの下着しか使ったことがなかったのぞみは、武田にフィッティング・ショップに連れて行ってもらうまでは、小さい胸について悩むしかなかった。きちんとプロにフィッティングしてもらい、自分の胸の形に合ったブラジャーを選んでもらった結果、こんなにもスタイルが良くなるのかと驚き、自然と姿勢も良くなり、自信がついたのも事実だった。
大きくないけど、胸の形がきれいになっただけで、ブラウスはいいものを着ても恥ずかしくなかったし、ワンピースやセットアップもバランスよく見えるようになった。
初めてのフィッテイングの時、武田がお店の人と話して、これがいいあれがいいといろいろ出してもらった。その結果、テーブル一杯に並んだ白、緑、青、ピンク、赤、オレンジの上下を見て、幾つ試着するの?と驚いたのを、昨日のこととのように思い出していた。
結局、自分も武田も満足する3色、白、緑、青を選んだ。ブラジャーとイタリアン・ショーツとTバック・ショーツ、そして、ガーターベルトを組み合させた3ピースの一揃いを3セットも買ってくれた上に、普段なら自分ではなかなか手が出ないお揃いのスリップとストッキング、そして、夜用のテディまで揃えてくれたのだ。
自分は可愛いロゴの中型の袋にスリップとテディを入れてもらい、肘にぶら下げてお店を出たが、武田には銀座のど真ん中をSaluteとデカデカと書かれた大型の袋を持たせて歩かせてしまった。武田は嬉しそうに持ってくれていたが、よく考えたら恥ずかしい思いをさせていたのかも、とのぞみは後で反省した。
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次に薄緑のサルートのショート・スリップを頭から被って胸元の位置を合わせた。ここが肝心で、せっかく谷間を作ったのに、それを上手に演出しないともったいない。もちろん、誰かに見せたいわけではないのだが、きちんとしていると自分自身、気持ちがいいのだ。
もう一つ言えば、ブラジャーもスリップもサイズが合っているのが嬉しい。カップやアンダーがきつ過ぎると脇や肩にストラップが食い込んでいて恥ずかしいし、緩すぎるとストラップがずり落ちる。ずり落ちたストラップを直している女性が時折いるが、アンダーかカップが合っていないブラジャーを選んでいる証拠だった。
スリップの上に細いラメのラインが入ったブラウスを着け、貝のボタンを上から順番に留めた。十番テーラーで作ってもらったもので、生地は武田が選び、自分で襟の形や袖口のスタイルを選んだものだった。ボタンもちょっとだけ贅沢して貝製の物を付けてもらった。プラスチックと違い、何とも言えない柔らかい色が好きだった。
胸元のアクセントとして、昨晩貰ったミッツァ・スカーフをネクタイの様に結んだ。男性のネクタイを結んであげた経験はほとんどなかったが、学生時代から胸元のリボンを結ぶのは得意で、だいたい一発で長さが揃うのが密かな自慢だった。振り向いて武田に見せたら、その意味を察したようで、彼は親指を上げて、Good!の仕草をしてくれたので、ますます気分が良くなった。
のぞみは片脚をフットベンチに載せて、ストッキングを太腿の所まで引き上げた。今は内側にストッパーが付いていて、落ちないようになっているため、ガーターベルトが要らなくなっている。のぞみは蒸れるパンティ・ストッキング=パンストが好きではなかったので、こういう製品が出たのを喜んでいた。武田はのぞみがストッキングを履くのをずっと眺めていた。
同じようにもう片方のストッキングを引き上げ、姿見の前まで行って、左右の高さが揃っているかを確認した。
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スーツの細身のパンツを履いて、同色のベルトで留めた。今日はイタリアン・ショーツだったので、お尻がデーンとならず、後姿がかっこいいと自分でも思えた。
武田はTバックが好きだったが、「それはスカートの時ね」と言い聞かせていた。彼に「パンツにパンティー・ラインが出るのは気にならないのか?」と言われた時は「確かにそうだけど、自分にはお尻の形の方が大事!」と主張したのだ。それでなくとも日本人は安産型の腰付きなのだから、出来るだけお尻を小さく、全体を細く見えるように努力している点を強調した。
ジャケットの袖に腕を通し、ボタンを一つだけ留めた。肩の位置を鏡の前で調整した。髪も半分前に出るように、残り半分は後ろに流れるように手でささっと調整した。鏡の前で髪の流れ具合を確認して、イヤリングを着けた。
昨晩貰ったイヤリングではなく、オフィスの雰囲気に合わせて、大人しめで小さいシルバーの物を着けた。小さなダイヤの物でもいいのではと武田は思ったが、のぞみは職場で変に注目されたくないから、あまりキラキラしている物は着けないようにしていた。
「どうでもいいことが原因の摩擦があるのが嫌なの。
女性の世界は難しいのよ」
そう言われたら、武田は黙らざるを得なかった。のぞみがいじめられたり、変な噂を立てられても嫌なのは彼も同様だったから、それ以上は言わないようにしていた。
最後にもう一度口紅を整え、鏡に向かってキリッと唇を結んで、シャープな顔を作った、と思った瞬間、口元が緩んでルンルンしている雰囲気が溢れ出した。武田はそれを見逃さず、すかさず言った。
「嬉しそうだね」
「もちろん!
愛し、愛され、今日も私は元気に頑張れるんだもん」
「オザワなんとかの歌の歌詞みたいだね」
「いつの歌?」
「いや、忘れてくれ、どうせ俺は時代遅れの男さ」
「河島英五ですか?」
語尾上げをして、ちゃかしていた。
「そういうのはよく知ってるよね…」
のぞみはニコニコしながら答えず、エントランスに向かった。
「行ってきまーす」
「おう、気を付けてね。
そうだ、地下の東側が駅に近いから、そっちを使うといいよ」
武田はのぞみを送り出しながら、表通りからは見えにくい出口へとさりげなく誘導した。誰かに見られている可能性は低いものの、用心に越したことはないと思ったのだ。自分のためもあったが、のぞみに危害を加えられたら、やるせないと思ったのだ。
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