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天使と悪魔・聖アナスタシア学園(13)

第十三章
 ~等価交換・ユリ~

「ルキフェル様、アナタの忠実なしもべであるマリア・フェライヤ・マサミンの依頼で、今夜は聖アナスタシア学園数学科主任の斉藤さいとう優斗ゆうと教諭を、私の大切な親友・ユーリカウのもとにお遣わしください」
「ルキフェル様、アナタの忠実な僕であるマリア・フェライヤ・マサミンの永遠の友人であるマリア・ファービウス・ユーリカウです。私の下に当学園の数学教諭、サイトウ・ユウタをお連れください」

 ろうそくの炎が揺れた。5つのろうそくから立つ煙が女子生徒の繋いだ手でできた五芒星の中央に集まり、静かに竜巻へと変わっていった。

 その竜巻の中に大天使ルキフェルの顔が現れた。

「マリア・フェライヤ・マサミン」

 大天使ルキフェルはよく通る、威厳のある声で女子生徒達に話しかけた。

「は!あなたの忠実な僕のマリア・フェライヤ・マサミンでございます。心からの友人であり、永遠の友と思っている、ここにいるマリア・ファービウス・ユーリカウの願いを聞いていただきたく、今晩はこの場を用意しました」
「ほお、ファービウス・ユーリカウ、お前の望みを叶えてやっても良いぞ。しかし、当然のこと、代わりにお前は何かを儂に捧げないといかんぞ」
「マリア・ファービウス・ユーリカウです。私はサイトウ・ユウトとの2時間を得る代わりに、私にとっては貴重な時間のうち、ルキフェル様が望む2時間を捧げます」
「ほお、2時間をな?」
「はい、私の人生など数万年生きていらっしゃる大天使様にとってはあまりにも短く、あまりにも価値のないものと自覚しておりますが、私としては捧げられるものがあまりなく、私めの人生の時間を受け取っていただけませんか?」

 アメヌルタディドは眉を上げて、顎髭を摩った。右手を挙げ、ふうと息をその掌に掛けたらその息が球形に渦を巻き始め、水晶となった。その水晶を覗き込んで彼は眉を寄せて、一瞬考えた。

 ユーリカウ、賢いな。人間ごときの人生の時間を貰ったところで、儂にとっては何の役にも立たん。ならば、自分への負担が一番少ない等価交換に持ち込もうという考えはなかなか面白い。コイツ、気に入った。
 だがな、この水晶を覗き込むとお前の考えがすべて見通せるのだ。
 お前は儂と「悪魔の取引」をしながら、悪魔を騙しおおせるとでも思っているのか?お前たち人間が儂を騙して逃げ切ることはできない。儂がこの水晶を覗き込めばお前たちの考えが全て読めるからじゃよ。
 第一、儂を騙そうとした者がこれまで何万といるのだ。皇帝と呼ばれる者、神の代理人を名乗る者、民衆の総意を結集したと称する者。お前のような東洋の異教徒ごときが儂を騙そうとは片腹痛いわ。
 百歩譲って、宗教が違うから時間に対する価値観が違うこともあるだろう。しかし、儂と取引する以上は儂のルールに従ってもらうぞ。

「先日のセイラ・ヘレス・ユリカイアは自分の人生の貴重な二年分を儂に捧げたが、お前は自分の人生の二時間と神である儂の二時間を同等の物と扱っているのを自覚しておるのか?」
「はい、私の二時間など神であるアナタ様には、何の役にも立たない可能性はありますが、私を見守っていただいている大天使ルキフェル様へ捧げられるのはこうした時間か、私の肉体そのものか、私の夢しかありません」
「儂が言うたら、お前は自分の夢を諦めることができるのだな?」
「はい、より大きな夢の実現には、今の現実から一歩ずつ近づいていくしかありません。一歩ずつ、確実に夢に向かって歩んでいくためには、小さな夢はいくらでも諦めます」
「分かった。ならば、お前は青春の1ページにその憧れの先生との2時間を刻むがよい」
「ありがとうございます!」
「儂は儂の好きなところでお前の人生の二時間を切り取って一秒でも長生きしたいと思っている病に伏す者か、愛する者との時間が急速に減っていく者にくれてやるつもりだ」

 この時、ユリもマサミもサクラもスミレも大天使ルキフェルを騙すつもりで等価交換を提案したのではなかったが、ルキフェルは挑戦的な提案と受け取ったようだ。それはそれで今後は警戒しないといけないことになる。

 五芒星の中の煙でできていた顔が消え、すぐに煙そのものも消えた。9人は全員目を閉じたまま待った。

 ゆり子は薄目を開けて、ユリを見つめながら、前回との違いに意味があるのか聞いた。

「ユリ、神様は時間をあまり重視していないの?」
「いや、今回は予定を変更したし、私も亡くなった方の霊ではなく生きている人間の霊を呼び寄せているし、ゆり子のように将来世界の役に立つ人間ではないから、多分神様にしてみたら価値の低い者からの願いだという意識があるんじゃないかと思って提案してみたの」
「そんなものかなぁ」

 ゆり子は再び目を閉じて、何かを考えているようだった。
 今度は優子が同じように薄眼を開けて全員を見回し、発言した。

「学園の先生を呼ぶなんて、身近過ぎて危険じゃないですか?」
「これはユリのたっての願いで、私たちは数回話し合ったわ。赤の他人ということではアイドルや俳優と同じだし、血縁者ではない。身近だが家庭に直接影響することもないでしょう。私たちが当学園にいるのは残り1年もないし、卒業したら学園ここの先生とは縁も切れるし」

 優子は自分が呼び出した叔父とユリが呼び出そうとしている斉藤先生の霊との違いを全員に認識してほしくて、さらに話を続けた。

「それはそうだけど、私は叔父さまとエッチをすることはないわ、絶対。皆が心配した未希だってその後、何もないでしょ?しかし、斉藤先生、うううん、学園の先生方は距離感が半端で、もしかしたら一番気を付けないといけない人達かもしれないよ。遠くはないからこそ、近づいてきた時の距離間の取り方を失敗すると、大事おおごとになりかねないわ」

 さすが優子だった。マサミは一抹の不安を持ったが、ユリのモラルの高さはこれまで崩れたことがない。好きな人もいる。学校の先生なんて一時の迷いだろう。降霊ですっきりするなら、そこですっきりさせて、もう二度とこの話題を持ち出さないようにするのも一つの方法だろうと結論した。

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