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月と六文銭・第十八章(11)

 竜攘虎搏リュウジョウコハク:竜が払い(攘)、虎が殴る(搏)ということで、竜と虎が激しい戦いをすること。強大な力量を持ち、実力が伯仲する二人を示す文言として竜虎に喩えられ、力量が互角の者同士が激しい戦いを繰り広げることを竜攘虎搏と表現する。

 極秘任務で日本潜入中の中国特殊部隊・白虎バイフーの4名は日本最大の色里で楽しい時間を過ごしていた。いや、正確には部隊員3名は楽しんでいて、部隊長のチェン中佐は連絡員兼現地調査員兼暗殺実行部隊・明華ミンファの一員・コードネーム・藩金蓮パン・ジンリャン=本名・李静妹リー・ジンメイと情報交換を行っていた。 

~竜攘虎搏~

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 麗泉れいせんは受付からの電話を切り、再び爪先立って部屋を横切って、中佐を起こした。

「中佐、そろそろ時間です、起きてください」
「は。お、すまん、深く寝てしまったようだ」
「作戦の緊張もあると思います」
「君がいるから油断してしまったようだ」

 中佐にしてみたら大きな油断だった。敵地ならば首を掻き切られて死んでいただろう。

「異国での作戦中ですと緊張を解くことができないですよね。次回も打合せが終わった後、少し休むようにしてください」
「おう、ありがとう。で、ちょっとすまんが、向こうを向いててくれないか」
「ん?」
「あいつらもシャワーを浴びるから、私も浴びてないとおかしいだろ?」
「あ、そうですね!私が洗って差し上げましょうか?」
「だから、そういうことはやめてくれ!」

 中佐は怒ってはいなかった。麗泉の悪戯っぽい顔つきを見て、自分をからかっているのが分かっていた。

 麗泉はタオルを畳んだり、中佐の服を整えたりしながら、部屋の反対側でシャワーを浴びる中佐を待った。中佐には内緒だったが、鏡に彼の鍛えられた尻が見えていて、さすが特殊部隊を率いる男性は鍛え方が違うと思ったのだ。自分は早くに父を亡くしていたし、時々情報交換に来る男性には脱ぐことすら許さないので、自分よりもだいぶ年上の男性の裸を見ることなどあまりないから、新鮮に感じたのも事実だった。
 麗泉は整えた中佐の服を部屋のシャワーエリアの縁に、中佐が自分で取って、着られるような位置に置いた。

「ありがとう」
「いいえ」

 それ以降、中佐は黙ってしまった。黙々と服を着て、帰る準備をした。

「あいつらがまた来たいというだろうから、来週か再来週、また来ることになると思う」
「はい、分かりました。一度くらいは抱いてくださいね」
「だから、私を困らせないでくれ!」
「中佐が困っても、帰りの廊下で、『思いっきり感じちゃったわ』と他の3人に聞こえるように言うことにしますね。話を合わせるため、私が何度も性高潮シンガウチャウ=オーガズムを迎えたと彼等に言ってくださいね」
「何かしら『やった』ことにしないといけないのは分かるが…。後で君が彼等と会うことがあれば、面倒ではないか?」

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 麗泉はふふふと微笑んで、中佐の靴を揃え、靴ベラを渡した。

「その時も、今も、彼らの相手をすることはないと思いますが、万一ということがあれば、それは任務で嘘だったとやり過ごします。そうだ、一応、名刺を渡しておきますね。部隊の面々に妓女が名刺をくれたよ、と見せてあげてください」

 中佐は「もう連絡は取れるのに、何で今更名刺が必要なのか?」という顔をした。

 靴を履き終えた中佐と腕を組み、麗泉は下の階へと案内を始めた。

「ありがとうございましたぁ!
 とっても楽しかったで~す💛
 次回もたくさん感じさせてくださいね💖
 麗泉、次回を楽しみにしてま~す」

 予告通り、待合室にいる他の男性に聞こえるように麗泉がやや大きな声で言った。
 同時に今の中年客に対して、嬉しそうに満面の笑顔で少し腰を追って手を振っている姿を店員に見せた。

「お疲れ様です!」

 男性店員が二人廊下の両側がに立っていて、来た時とは別の待合室に「永田」を案内した。

 若手隊員のしゅうそんは麗泉と呼ばれる嬢の声を聞き漏らすことなく、頭の中でどんなプレイが展開されたのか想像していた。

「やっぱり中佐の相手、すごい良かったんじゃない?」
「俺たちの方はあんな挨拶してくれなかったよな?
 日本人らしい礼儀正しさとかはあったけど」

 中佐は満足そうな顔をして、ソファに座り、店員が飲み物を聞いたのでアイスコーヒーを頼んだ。

「中…、ナガタさん、どうでした?」
「あぁ、よかったよ。お前らこそ、どうだった?初めてのヨシワラだろ?」
「このヨシワラの風呂場の技、凄かったです」

 孫は興奮冷めやらぬ感じで、所謂マットサービスについて思い出していたようだった。相手の蓮陽れんようが日本人らしい礼儀正しさで接してくれたとか、動きも言葉遣いも丁寧だったとかに加えて、手で口を隠して、恥ずかしそうに喘いだことが印象的だったと説明した。
 周も負けず、自分の相手の嬢・麗李れいりがいかに自分の好きな女優・鞏俐コン・リーに似ているかとか、スタイルが良かったかとか、容姿を自慢した後、正常位で揺れる胸やバックでした時の尻と自分の腰が当たるパンパンという音が良かったとか、あんなに綺麗に手入れされている股間を見たことがないとか、興奮気味にまくしたてた。
 本来ならベッドでの部分がメインのはずが、本国にはないサービスに驚いたというのが正直な感想だったのだろう。

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「俺の相手は若くて、胸の形がきれいで、あそこはツルツルスベスベで、大きな声で喘ぐ子だった。上で腰振るの上手いし、最後は座位でがっちりイかせてやった」

 実際には何もしていない中佐は、少し辛そうに自分の相手の感想を絞り出した。それもそのはず、パイパンの股間は見せられたが、触れることもなく、キスもしていなかったから、ほぼ百パーセント自分で作り話をしないといけなかった。敵の尋問で噓の証言をするよりも辛かった。

「さすがナガタさん、やっぱりしっかりとイかせたんですね」
「おう、まあな。女は足腰立たなくて、そのまま寝ちまうくらいイかせてやったよ。2、3回はイったはずだ」

 自分が寝てしまったのを逆手に取っての作り話だった。

「俺達と違って、さすがですね!」

 若い二人は嬢に導かれるまま、流れ作業ではなかったものの、きっちり彼女たちの台本通りに動かされて、ヨシワラを体験したようだった。

「まぁな。それよりも、タナカさんからもっと面白い話が聞けるだろうよ」

 案内の時間がズレた分、班長が待合室に戻ってくる時間もズレた。

「おう、お前ら、女の子に気に入られたか?」
「え、分かりません。一応、失礼のないよう気を付けましたが」

 真面目な周が答えた。
 そこで中佐は麗泉からもらった名刺をポケットから出して、クルクル裏表を回しながら部下二人に見せた。

「何ですか、それ?」

 孫が目を大きく見開いて反応した。

「いや、女の子がまた来て欲しいから個人的な連絡先を書いた名刺をくれたよ」
「え、俺たち、貰ってないです!」
「多分、店が支給している携帯電話の番号とメールアドレスだろうけど、また来て欲しいってことでちょっと嬉しいな。お前らもまた来たいだろうから、連絡が取れて予約ができると楽だろう」

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 中佐は若い部隊員を刺激した。彼らはまた来たくなるだろうから、麗泉と連絡を取るのが楽になることを強調した。
 中佐は名刺をポケットに戻し、アイスコーヒーをうまそうに飲んだ。

<まったく、すっきりして楽しい時間を過ごしたお前らと違って俺はどこまでも作戦のための行動なのだが…。李静妹リー・ジンメイは年頃だから欲求はどう処理しているのだろう。あの成熟した体では疼きを抑えるのは結構大変じゃないのだろうか>

 そう思っていると廊下にスタッフが向かうのが見え、タナカ=李班長が戻ってくるようだった。

「ありがとうございました。また、お願いしまーす」
「ああ」

 リー班長も名残惜しそうに振り向いて手を振りながら待合室に戻ってきた。時代が時代なら、この名残惜しそうに振り向いてする行動から、吉原の出口にある柳の木が通称「見返り柳」となったのだ。

「どうでした?」
「さすがナンバーツー、男性の弱点を知り尽くしている!俺は恥ずかしいくらい悶えたし、あの子はアソコがマッチしたから、3回も出せたよ!あの子も毎回イってたはずだが、すぐにしっかりと接客していたよ。ああいうところはスゴイな」
「スタイルとか、アソコの具合はどうでしたか?」
「お前、下品だな!いいに決まってんだろ。年齢は説明の通りか2、3歳上だったが、手入れと鍛え方がきちんとしていた。俺の指技にも反応が良くてハーハー言わせた。だから、一緒に3回イけたんだな」

 班長はベテランの貫録を見せながら話した。
 スタイルは中国人女優・舒淇スー・チーのようで、特別グラマラスではなかったが、ナンバーに入るような嬢なのだからお仕事きっちりなのは当たり前だった。いかに気持ち良くなってもらうかに加え、いかに気分良く帰ってもらうかが腕の見せ所なのだ。それで、リピート率を上げるわけだから、完全に満足させるのではなく、ちょっと足りないくらい、もう一回来たい、もう一回会いたいと思わせないと嬢として仕事が上手くできたとは言えない。
 そういう観点で見ると、若手が指名した嬢はフレッシュでエネルギーがあったが、まだ、次に繋げるテクニックは若干未熟だった。やはり店内ランキングの高いナンバーワンやナンバーツーなどの"ナンバー嬢"は指名客の獲得と再来店させるのが上手く、それで上位にランクインを継続するわけだ。

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