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月と六文銭・第二章(6)

 千堂せんどう綾乃あやのがホステス・沙絵子さえことして働くスナックに来る自動車ディーラー社長の酒井さかいただしと自称公務員の田中たなかひろしが北朝鮮への自動車輸出にかかわっているようだったが…

~トイレの客~


 上司の鈴木すずき征四郎せいしろうから指示があって、志賀しが直人なおとは基地から出て綾乃をサポートすることになった。

 スナックにいる綾乃から酒井と田中の車の位置を聞いた志賀は2台が見える位置に車を停め、暗視カメラを起動して店に入った。

「サエちゃん、マリリンやって!」
「えぇ~、今日へそ出し無理なドレスなの~」
「じゃあ、ナツナツココナツは?」

 志賀は、四方しかた直哉なおや、基地で自動車整備をしているという触れ込みだった。手を汚すために、お店に入る前にオートバイをわざといじったりした。軍用車、オートバイ、機関銃のメンテはお手の物だったが、カローラやカムリのメンテ、つまんない、と愚痴った。
 店内で酒井と田中は車の話題で盛り上がり、入ったばかりのホステスをからかっていた。綾乃も志賀も二人が何かを交換している様子を確認できなかった。
 酒井はいつも1時間半ほどいて帰る。新人ホステスを口説ききれず、お持ち帰りができなかったようで、さっと引き上げた。志賀は酒井の車のエンジン音を確認してからお店を出た。
 ビデオには酒井が自分の車に乗る前に隣の田中の車の後ろ窓の隙間から封筒を滑り込ませたのが写っていた。
 直人は店内に戻り、バージンマイタイを頼んだ。バージンがつくと、お酒なしバージョンのカクテルになる。酒抜き、つまり酒井の情報を抜いた(=情報が取れた)ことを綾乃に伝えたのだ。


 酒井と田中のつながりは分かっている。連絡はどうやって取っているのかはこれで分かった。分からなかったのは黒幕だった。酒井はビジネスとしてやっていると言えた。
 田中は脅されてやっていることは間違いだろう。両親が事故で無くなったと聞いて調べた結果、不審な点が幾つかあり、事故後はこのスナックに通うようになったていた。
 プレイヤーがもう一人か二人いないとおかしい。少なくとも第三の男が関与しているはずだ。そう考えて振り返ってみたら、月に1回程度、田中は“上司”を店に連れてくることがあった。その時、上司が飲み代を払った。これまで上司と酒井が一緒に飲んでいるところは見たことがなかった。

 パターン。それがインテリジェンス・アナリストの見つけるべきものだった。定期的な行動と不定期な行動の組み合わせ。それを見抜けるか。

 月に1回、田中と上司は来た。では、行動パターンで目に付くものはあるか。

 何曜日に来た?
 何時に来た?
 前回からの間隔はどれくらいか?
 その時、どの客がいた?
 どのテーブルに座った?
 何を注文した?
 ホステスは誰だった?
 車はどこに停めた?
 カラオケを歌った?
 どんな曲だった?
 服の色は何だった?
 ケイタイで誰かと話した?
 持ち物は何だった?
 カバンは持っていた?
 何時に帰った?
 一人で帰った?
 一緒に帰った?

 志賀も綾乃もふと思った。上司は必ずトイレに行く。誰でもトイレに行くが、上司は帰る直前ではなく、来店して一杯飲んでから行く。こういう小さいお店がいいのは、トイレには一人しか入れないので何かをしても目撃されることがない点だった。誰かと一緒にトイレに行くことも出来なかったが…。
 田中は上司と一緒に来た時は2回と続けて同じホステスと飲んだことがない。綾乃は一度も一緒に飲んだことがないので、次回は同席を狙っていた。
 綾乃も志賀も気づいたが、田中の上司は、基地内の隣の建物にある装備課にいる高端たかはし課長だった。
 しかし、綾乃が化粧と服を変えたら全く気が付かない程度だったので、多分ホステス・沙絵子になって同席しても気が付かないだろうと二人は思った。


 今夜、志賀は地元の友人のケンジと来ていた。綾乃は田中と上司を志賀たちの斜め前のテーブルに案内した。
 パターンからすると田中の上司は一杯飲んで、少しするとトイレに行くはずだった。志賀は田中らが来たらすぐにトイレに行って、タンクの中、タンクの裏、鏡の裏、トイレットペーパー入れ等をすべてチェックした。何もない。田中の上司へ、ではなく、上司から誰かに何かを渡すのか?
 ケンジは田中が見えるところに座り、綾乃は田中の横に座った。田中は上司をタカハシと紹介し、次長と呼んだ。タカハシ次長はパターン通り、一杯飲んでトイレに立った。

 タカハシが出るタイミングを見ていたが、出てすぐにトイレに近いテーブルの客がトイレに入ってしまった。志賀はしまったと思ったが、タカハシがトイレに行った後にケンジに再度トイレ内を確認してもらい、タカハシが帰る時に尾行させた。
 志賀自身は念の為、タカハシの後にトイレに入った客が帰るまで待って、その客を尾行した。

 綾乃は今夜も田中に友人宅(=実は志賀の部屋)へと送ってもらい、後から志賀と友人・ケンジがそこに合流し、情報を統合した。
 田中の車の中に設置したトラッカーの動きを確認すると、田中はまっすぐに帰宅した。タカハシは実は基地内の舎宅に住んでいた。高端三等陸左、来年には二等陸佐に昇進する見込みだった。ポジション的には不正をコントロールできる、そんな立場にいるのが、田中の上司・タカハシだった。


 志賀が尾行した客は食肉加工業者で市内に3店舗を展開する比較的成功している中年男性だった。
 精肉卸売業者・清野せいの孝敏たかとしは『肉のセイノ』の社長、オーナーで3代目。
 地元の大学を卒業後、地元の地銀に10年ほど勤務してから家業である肉のセイノに専務として入社していた。妻、子供2人(高2と中3)。妻は地銀時代の同僚でサラリーマンの娘。
 父・正敏が亡くなった時、42歳で社長を継いでからデパ地下とモールに出店して業務を拡大、現在も順調に売り上げが伸びていた。
 店舗展開と共に、大型倉庫+加工センターを四菱重工新潟工場跡に設けた。これこそ綾乃が工場団地でみた冷蔵施設で、酒井の自動車部品工場に隣接していた施設のオーナーが清野だった。

 取り敢えず仮説証明に一歩近づいたが、証拠がない。清野を尾行する作戦を立てた。
 清野の車がモールを出た時、ガクッと急に止まった。キーを回してもエンジンが掛からない。清野は前に回り、ボンネットを開けたが、この車を買ってから初めてだったため、何が何だか分からない。最近のエンジンはカバーが付いていて、素人には手が出せないようになっていた。
 たまたま通りがかった自動車整備工がエンジン回りをいじってとりあえず走るようにしてくれた。原因不明だからちゃんと診てもらった方がいいですよと言って、T自動車関越インター店のコウサカ・ケンジを訪ねるといいと言ってくれた。

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