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天使と悪魔・聖アナスタシア学園(36)

第三十六章
 ~大天使が求めるもの~

 マサミは歩きながら考えていた。

<私たちの知識では、ユータリスとルキフェルが共謀する必要などないはずだ>

 大天使ならば翼を広げて、バサッと羽搏けば、風でビルを薙ぎ倒したり、津波を起こしたり、拳で大地を撃てば地を割ることもできるし、脚で地面を踏みならせば地震を起こすこともできる。
 その気になれば、いや、ならなくても、人間を捻り潰すことなど大天使にとっては造作もないことをマサミ達は知っていた。東洋の小娘たちが降霊の会を行い、大天使を呼ぶ出すのが気に入らないのなら、出てこないとか、断るとか、いくらでもマサミ達の求めを拒否することができたのに、これまでは呼びかけに応え続けたのか?
 しかも、直接マサミたちに見返りを求めることもせずにきたのに、なぜ今になってサクラやスミレやユリを苦しめるようなことを始めたのか?

 話がややこしくなるので、二人は、今までのルキフェルをルキフェルA、マサミが今回単独で呼び出したルキフェルをルキフェルBと呼ぶことにした。

 マサミたちの呼びかけに答えて、ルキフェルAは出現し続けた。マサミ達の要望に応え、正しい知識を与え、より良い結果を引き出せるよう導いてきた。ある意味"甘やかされた悪ガキ"の集まりだったマサミたちが「大学がどうの」、「社会奉仕活動がどうの」と言って他の生徒達をリードするような生徒に成長したのは、ルキフェルAのお陰だった。
 それが、17歳、18歳となり、学生=子供としては終わりの時期に近づき、逆に女性としては成熟し始めるこの時期に誘惑されたりするようになったのは何故か?天使たちにとってマサミたちの人間としての価値、位置づけが変わったということだろうか?
 確かに子を産むだけでなく、育てることが可能な年齢と社会的位置へと変わったといえる。中学生だったら困らせて終わり、となっただろうけど、二十歳近い女性ならば子を育てることも可能だから天使たちにとっては子を産んで育てる対象になったということか?伝説などには天界の住人が降りてきて人間の女性に恋をし、子を産ませたという話は幾つもあった。

 マサミはユリに大事なことを言い忘れていたのを思い出して、急に止まって、ユリに正面から話した。

「あ、そうだ、ルキフェルBは私たちと交わることを求めていたわ」
「え、ええ?そんな大事なこと、どうしてすぐに言ってくれなかったの…」
「ごめん、どうしたらいいのか聞いたら、ルキフェル様はオリーブ油を入れたお湯のお風呂で体を清めて待つよう指示されたからその準備で忙しかったの。
 私は言われたとおりにするわ。
 ユリは結界の外で見ていてもいいよ」
「え?これは私の問題だから、結界の外で『私は傍観者です』ってわけにはいかないでしょ?
 でも、マサミは大丈夫なの?
 したことないんでしょ?」
「うん、そうなんだけど、サクラとスミレがあんなことになって、ユリまでが危険な状況なんだから、そんなこと言ってられないでしょ?」
「それは本当にありがたいんだけど、マサミの求める幸せの形、崩れちゃうよ」
「まぁ、大天使と契約をしたんだから、何らかの代償を払わずに欲しいものだけを手に入れることは有り得ないでしょ?」
「そうよね。ありがとう、やっぱりマサミは心の友で永遠の友人で、マサミとは鎖よりも固い絆で結ばれているよ」

 これまでのマサミとの十年以上が走馬灯のようにユリの頭の中を駆け抜けた。ユリはマサミがこれまで男子と交わらなかった理由を理解しているつもりだった。それが、今回、自分のために人間ではない存在と交わるというのか。しかも、彼女自身、初めてなのに…。

<本当にいいの?ルキフェルにマサミがこれまで処女を守ってきた意味が分かるのかしら?>

***
 マサミの家に着いて、久しぶりにマサミの母親と会ったユリは大歓迎され、楽しく夕食を共にした。

「ユリちゃん、お母さんはどうしているの?
 私はしばらく学校に行っていなくて、PTAもOG会にも出ていなくてね」
「お陰様で元気に飛び回っています。
 先週はシンガポールのOG会に行っていましたし、先月はニューヨークのOG支部の創立30周年会合に出席するため、3年ぶりくらいにニューヨーク、シカゴ、ダラス、サンフランシスコとロサンゼルスを回ってきました」
「とても精力的ね。
 見習わらなくちゃ。
 この子の父親がちょっと前に会社の若い子に手を出しているのが分かって、今、完全監視下に置いているのよ。
 私が海外とかに行ったら絶対またやらかすから、しばらくは家を離れないことにしているの」

 この子の父親の"この子"はマサミのこと、"父親"は自分の伴侶のことだが、わざと距離を置いていることを強調したくて、"娘の父"というような婉曲表現を使っていた。本来ならば"うちの旦那が~"みたいな言い方をするところ、婉曲表現を使っているあたり、マサミもユリもマサミの母の怒りの大きさを感じていた。

「あら、政子まさこおば様、それは困ったことですね」
「初めてじゃないけど、今回は『悪魔の囁きに屈した』とか言い訳をするから、キリスト教の学校に娘が行っているのにそんな言い訳が通用すると思っているの?!と張り倒したのよ」

 マサミの母は学園では有名な人物でPTAとOG会の会長を歴任し、自身は高等部から聖アナスタシア学園の生徒でもあったし、前の学園長の従姉妹にあたるちょっとした権力者だった。
 逆に、マサミの父は昔ながらの経営者らしい面があって、仕事バリバリ、遊びもバリバリと精力的な人で、学園の理事会メンバーでもあった。
 それが半年程前から会社の敏腕営業ウーマン(美人な課長補佐らしい)と浮気していたのが発覚して、母に激怒されていた。
 父は娘婿ではなく、たたき上げのビジネスマンだったから、母はメンツが立つようにしてくれていたものの、戦前の武器商人・高畑商会をルーツに持つ母と比べたら、吹けば飛ぶような存在の父は大人しくしているしかなくなった。

 夕食が終わって2階のマサミの部屋に上がったところで、ユリとマサミは笑いながらマサミの父母の話をしていた。
 ユリは何度もマサミの父に会っているので、その父が母に睨まれて、身動き取れない様子も目に浮かぶようで面白かったのは当然だった。
 ただ、この時二人は聞き流していたようだが、マサミの父が『悪魔の囁きに屈した』と言い訳していたことが、後にマサミを苦しめる大問題の本質を捉えていた発言だったのだ。

「ほら、ママは細身で着物が似合う体型じゃない?パパったら、スーツの胸元がバーンと張った巨乳の営業ウーマンに誘われてホイホイついて行っちゃったらしいの。それがママの監視網に引っかかってパパは大目玉!」(大笑い)
「でも、マサミのママはパパが大好きなのね」
「うん、そう思う。だからパパが浮気したのが気に入らないの。心の中では、もう許しているみたいだけど、『いい機会だから、懲らしめてやるぅ!』って楽しくネチネチといじめてるのよ」
「なんか楽しい夫婦ね」
「楽しそうよね!ああいう夫婦になりたいって私は思ってるの」
「知っている。私もいいなぁ、って思うよ。うちもパパが浮気しているみたいで、スミレのこと、他人事じゃないと思ったけど、スミレのママみたいにうちのママは思い悩むことはないみたい。ママはパパのお金をバンバン使いまくりながら、パパのお小遣いを減らして、兵糧攻めにしているの。お金がないと浮気ってできないらしいよ」
「お金と時間と体力、そして、精力ね!」

 さすが今時の高校三年生、"精力"の意味まで分かっていて、二人は大笑いをしていた。
 どちらの家庭でも、母に睨まれた父は、勃つものも勃たないことが分かる年齢に二人ともなっていたし、経験のあるなしに関わらず、情報過多な現代、勃つとはどういうことかも分かっていた。

<こういう家庭が理想なのよね、私たち>

 マサミもユリも同じこと考えていた。しかし、このすぐ後に訪れるルキフェルとの降霊の場のことを考えると、ユリはマサミのことを心配せずにはいられなかった。

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