月と六文銭・第十七章(13)
13.データ:車載コンピュータ
Data: Onboard CPU
呉は秦江毅の入院中に大使館内のガレージで事故に遭ったメルセデスをデータリーダーに接続してデータをダウンロードしていた。
本来はメーカーがエンジンの不調などを確認するために車載コンピューターからデータをダウンロードして分析するためにある機能なのだが、中国軍部はこのデータにアクセスできるリーダーを開発していた。
多くのユーザーが知らないことだったが、エンジンの点火データをいじると燃費が上がるとか、排ガス検査時に低排ガスモードに切り替わるなどの特殊プログラムが搭載されているだけでなく、ブレーキからのタイヤ回転データ、ABS等から車の加減速状態、カーナビから自動車の方向や車体の傾き、道の傾斜データが記録されているのだ。
ドライブレコーダ搭載車ならば、細かな情景データも記録されていた。すれ違う自転車の乗り手の顔まで識別できるほど繊細な画像データを記録しているが、通常はそこまで取り出せない。メーカーが事故に関連した訴訟に直面した時に取り出して使用するデータなのだ。そこまでのデータが必要となる訴訟では信号機の色や自転車やオートバイの速度を計測する際に利用したり、車の速度、ブレーキの効き具合などのデータも提出して車の瑕疵による事故ではないことの証明に使用していた。
呉はこのデータをダウンロードしてドライブレコーダに何か写っていないかと目を皿のようにして事故の30秒前からもう70回近く繰り返し見ていた。非常に細かく手で画面を動かして確認していた。正確に言えば1/28秒ごとに画面を動かしていた。ドライブレコーダが録画する頻度が1秒当たり28コマとなっているからだ。何か見つかればもっと細かい1/56に変更するつもりだが、まずは何か本当に映っているのか確認するところから手を付けていた。
ん?何か動いた?
ちょうどトンネルとトンネルの切れ変わる瞬間にホームからの明かりがカメラのレンズに当たって、昼間なら太陽が当たって眩しくて何も映らない状態と同じことが起こっていた。それ自体は高速道路の街灯でも起こり得るが、ここで問題なのはその瞬間に何かが動いていないかということだった。
この一瞬の眩しさの間に黒い物体が車に中っているとか、周囲の建築物に中っていれば事故の原因のヒントになるのだが…。
呉は事故の瞬間を思い出していた。何かに当たって、ボンネットが跳ね上がり、壁にぶつかって、エアバッグが開いて、何も見えなくなったのだ。
いや、違う!何かに当たったのではない、何かが中ってきたのだ。撃たれたのだ!それで、ボンネットが跳ね上がり、エアバッグが開いて、その後壁にぶつかって車が停まったのだ。
呉は光がドライブレコーダのレンズに差し込んで映像がきちんと記録されていない1秒の数分の一の部分をまた30回以上繰り返し見たのだ。
次にもっと細かいコマ送りできるフォーマットに変更して、わずか5秒ほどの映像を1コマ1コマ毎に確認した。
あ!
僅か3コマに小さな黒い飛行物体が画面の真上から車の直前に動いていくのが発見できた。
コイツ、高速弾を使用した上に、この灯りが逆光になって我々の車のドライブレコーダにほとんど映像が残らないのを分かっていてやったんだな!
正直、撃ってきたヤツは天才だ。銃弾の選択、場所とタイミングが完璧だ。こんな狙撃、普通の事件捜査では分からない。ましてや事故分析でも見つけられる分析官はいないだろう。
しかも、京葉道路ではなくて、船橋駅で狙撃してくるとは、よく考えたな!
アジアには西側の凄腕スナイパーがいて、動く標的でも百パーセント狙撃を成功させているとの噂がある。
我が国で言えば狙撃の神「狙神」張桃芳の子、張敏正、通称「鉄矢」みたいな狙撃手だ。
米国中央情報局(CIA)の下にいるヤツらしいが、CIAはその存在自体を認めていない。