月と六文銭・第十七章(12)
12.ポスター:交通事故に関する情報求む
Poster: Seeking Info on a Traffic Accident
秦江毅から連絡がないことに大学生・飯田すみれは食事が喉を通らず、顔がグロッキーになっていた。連絡係かいつもの運転手の呉さんと連絡が取れないものか。
車で移動した時、少し車酔いする飯田が全く酔わない運転をする呉に感動したことがあった。プロのドライバーなのかと思ったら、秦の大使館での部下だというのだ。外交官なら秦は大使館の館員というはずだ。秦が部下だと言ったので、呉はつまり軍人なのだ。それも相当訓練を受けたエリートなのだろう。
しかし、私には何も感じさせない。軍人が怖いというイメージは私が勝手に持っているものかもしれないが、日本のハイヤーの最上位のドライバーみたいなのだ。
秘密のお付き合いをするようになってから飯田は忘れていたが、普通にセミナーかイベントの連絡として、大使館の総務課に直接聞けばよいことに気付いた。
大丈夫かな。こんなことをして、彼は怒らないかな?と思った。
しかし、おかしい。私が心配で送ったメッセージに丸2日も返事しないことはこれまでなかった。いくら家族サービスで週末が忙しかったと言ってもさすがに今日はもう月曜日、大使館に出勤して、私に連絡する時間くらいはあるはずなのに。
飯田は友人に会うために東京に出る用事があり、駅に向かった。JRの駅に行く途中で電柱に張り紙がしてあるのを発見した。
『目撃者求む:自動車事故』
日付があの日のもの、時刻は秦が帰った時間と一致する。まさか…。
『外国大使館所属の外交官ナンバーの付いた自動車がトンネルの柱にぶつかった事故があったが、他にぶつかった車などがないか情報を求めています』
電柱の張り紙にはそう書かれていた。
飯田は携帯電話を取り出して、中国大使館に連絡してみた。セミナーの開催日程の確認をしながら、お世話になっている秦副館長か李文化担当はどうしているのか聞いてみた。何度かイベントに参加している飯田と気が付いた受付の女性が状況を簡単に説明してくれた。
「秦副館長は交通事故で入院していましたが、明日退院の予定で、李担当が当分の間イベント関係を統括するから、彼に連絡してください。
メールアドレスは…」
飯田は、ありがとうございます、と礼を言って電話を切った。やはり入院していたようだ。あの夜、自分の胸が痛んだのは彼の事故を予言していたのだ。他の時にはならない現象なのだから、本当に彼のことを大切に思っているから起こった現象と言えた。
飯田にとって父はとても大切な存在だったのに、あの時は忠告することが叶わず、父は尼崎の事故で亡くなっていた。今回は秦のことで胸が痛み、そして、彼は事故に遭ってしまった。
怪我の具合は分からないが、明日退院できるということは重症ではないのかも知れなかった。少なくとも待っていれば連絡はくれるだろう。もう少し待とう。事故で携帯電話がなくなって、連絡ができないのか、奥様がいつもそばにいて、メッセージする隙がないのだろうか。
最悪の場合、今回の事故で私のことが奥様に知られてしまったのかも知れない…。
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