見出し画像

レムリア興隆記~地下都市帝国の興隆03~

第三話 ~パワードスーツ~
 町役場の鐘が鳴り、14時を伝えた。ウィレムとジョバンニはちょうど町役場の広場へと続く門をくぐり、広場の中央に設けられた投票所に向かって中庭を進んだ。

 軍人として、この国を守ってきたこと、重要な戦役や作戦で敵を撃退したことを表彰して、ウィレムとジョバンニは『国家防衛貢献兵』の名誉を得ていた。共和国元首から銀の星の形をした勲章が授与されるが、『銀星ぎんせい勲章』または単に『銀星ぎんせい』と呼ばれ、授与された兵も銀星や銀星兵ぎんせいへいと呼ばれた。休暇用の略式軍服の胸に輝く銀星勲章を見て、多くの市民が二人のために道を開けてくれて、投票がしやすいよう投票箱の前に空間ができた。

「銀星兵よ、君たちのお陰で、我々は安心して暮らせている。ありがとうよ」

 直接は知らないが、この投票所にいるということは少なくとも同じ選挙区の人であろうと思われる年配の男性にウィレムとジョバンニは感謝の言葉を掛けられた。

 嬉しいことではあったが、自分たちは生きてその言葉を聞くことができる。ありがたいことだったのは確かだが、ウィレムとジョバンニは複雑な気持ちだった。

<どれだけの数の兵士が灼熱の地下戦場でこの国を守るために命を落としてきたことか…>

 票を投じる時に、ウィレムもジョバンニも謙虚に振舞い、年配の有権者の後に並んだが、二人は戦場で亡くなったフレアの兄たちのことを思っていた。自分達よりも国民的名誉を与えられるべきなのはスロステン家の兄弟のような戦士であり、生きた盾としてこの国を守ってくれたのはそういった戦士たちだった。
 しかし、ノブレス・オブリージュ、元々貴族のスロステン兄弟は先頭を切って闘いに向かうのは貴族として当然だと思われている部分があった。だからこそ、平民出身の自分たちを同じ平民出身の有権者が大事に扱って尊重してくれるのだろう。

 ウィレムは、「フレアに神のご加護があらんことを」、ジョバンニは、「この国はフレアの力で良くなると俺は信じている」との思いを胸に、それぞれ投票箱に票を投じた。

 ウィレムとジョバンニは国防軍の中核、機械化兵団の兵士として、普段は前線でパワードスーツを着用して戦っていた。
 このパワードスーツは初め、宇宙での作業用気密服と宇宙基地での重労働を行う外骨格ロボットを合わせたものだった。地下の世界では兵員の輸送も難しく、活動用の通路を整備していたものの、整備すればするほど敵の侵入も受けやすいという弱点があった。
 そこで兵士が高温であったり、暗闇であったり、有毒ガスが発生していたりする場所でも活動でき、通路や道路をさほど広げずに行き来ができる手段として、巨大なロボット兵器よりも人間が着用してその能力を延長できるパワードスーツが発達した。
 平均的には人間のパワーを3倍に拡張できていた。物を持ち上げる力、走る速度、飛び上がる高さなどが拡張され、暗いところでもわずかな光があればバッテリーを充電でき、酸素供給と排気等の機能で、最大36時間着用したまま活動できた。
 もっとも、地下では飛んだり跳ねたりには限界があったが、パワードスーツを着た兵士は他国の戦車1両分の力を発揮したため、人口の少ないレムリアが簡単に征服されずに国家を維持してこれたのはこの兵器を早期に開発し、絶えず改良してきた結果だった。
 地下探索の結果見つかった新素材を配合した新合金の開発、関節モーターの改良、廃物リサイクル技術の早期確立などでパワードスーツはますます軽量化が進み、パワーアップを果たし、兵士の生存率が他国の数倍となっていた。
 加えて、地下独特の地形や状況(マグマなどの高温物質の存在)に合わせた運用方法を軍部が研究してきたことから、単体での戦い方、小集団での戦い方、大規模攻勢などが可能となっていて、他国を圧倒していた。
 レムリアのような小国が大国に併合されずに独立を維持してこれたのは、この圧倒的戦力を保持していたからで、国民皆兵の下、すべての国民が軍事訓練の経験があることが兵士の層を厚くして、サポート体制を充実させていた上、政治家や行政官も軍事に関しては全く素人ということはなく、軍事作戦への理解が得やすかった。

 ウィレムは兵舎でパワードスーツを着用して、西の最前線にある自分の担当地区・ウェストフロントの巡回に出るところだった。
 まず身体検査を受け、血中酸素量、血中水分量、薬物、アルコールの残存量を測定し、何らかの問題となる水準に達した項目がある場合、勤務が許されない。
 検査機からOKが出たら、耐熱ボディスーツを身に付ける。織り方を工夫した下着で汗をよく吸収し、発散するものだ。
 次に軽装甲を着ける。これは万一、外の装甲が故障したり、破壊されたりした場合、基地まで戻れるように最低限の保護を目的とした装甲だった。防護壁の修繕などはこの軽装甲でも可能だ。
 軽装甲の上に重装甲を着ける。部隊別に色分けされていて、これが一般的にパワードスーツと呼ばれるものだ。最前線の部隊は赤を基調としていること多く、守備隊は黄色が多かった。遊撃隊や目的撃破に特化した部隊は青い装甲を好み、ブルーマリンズと呼ばれたりした。
 重装甲は各関節にモーターが入っていて、人間の動きを補助するようになっていたが、初期の頃のパワードスーツは駆動系モーターを使用していたため、非常に重く、兵士は「戦車を着ているようだ」と苦笑いしたものだ。
 ところが軍の研究所が地下で生息する昆虫の幾つかの種類から人工筋肉を作り出すことに成功したところから、パワードスーツの進化は著しく進んだ。まだその技術を有していない他国は「どうしてレムリアの兵士は軽々と動くことができるのか?
 いくら精密且つ小さなモーターを使用しても指でスイッチをひねったり、ダイヤルを回したりするような細かい動きがどうして可能なのか?」など、金属加工技術の差なのか、精密機械の製造力の差なのか、はたまた制御コンピューターの優秀さなのかが分からず、自国の兵士がレムリアのパワードスーツ兵に圧倒されるのを指をくわえてみているしかなかった時期が長く続いた。
 もったいないとの批判は本国では存在したものの、パワードスーツの優位性を保つため、仮に戦闘で故障したもの、傷ついたものがあった場合、兵士は速やかに破壊して敵に捕獲されないよう厳しく言い渡されていた。数百年は捕獲されずにパワードスーツの秘密が守られてきたが、その裏では捕虜となるよりも自決を選ぶ者がいて、スーツの自爆機能を起動したり、自ら溶岩流に飛び込んだりして秘密を守った兵士も相当数いた。
 可動部分が重要なこのパワードスーツは、人間の真っ直ぐな部分を守るための装甲ではなく、曲がるところを助けるために設計されている。背中の装甲、胸と腹の装甲、股関節の装甲、膝の装甲、足首の装甲、肩の装甲、肘の装甲、手の装甲という順に関節単位で装甲が分かれていた。
 部品と部品はねじ込む形で熱とガスの侵入を防ぐようになっていたが、軽量且つ簡易な構造ながら、着脱が楽なのに、気密性が高かった。初期の頃のパワードスーツは甲冑の基本デザインを踏襲していたため、曲げるための関節部分は装甲がなく、ゴムでできた関節が見えていたり、動きがかなり制約されたりした。
 両腕の手首から前腕にかけての部分には操作盤があり、通信や他の機械を動かす遠隔操作用のボタンがあったりした。初期の頃は地下の地図が表示されるホログラフ・プロジェクタが装備されていたが、岩が突き出ているとか、ガスが充満しているなど、地下の場所によっては表示することが難しいケースが増え、一時は企画担当などを悩ませたが、ヘルメット内表示に変更された。
 そして、最後にマルチディスプレイが内蔵されたヘルメットを部隊員は被る。スーツの外でホログラフ表示が難しいことが理解され、ヘルメット内のスクリーンにあたかも目の前に作戦会議用テーブルが置かれているように表示されるようになった。
 ヘルメットの着脱部だけは残念ながら可動範囲を確保するため、若干装甲が薄く、初期の頃は弱点だったのだが、動きの良さを少し犠牲にする形で首のまわりには襟を立てたようなプロテクターを設けて首を守るようになった。
 ヘルメット内のスクリーンには敵味方情報、酸素濃度やガス濃度、バッテリーの残量などの情報が表示されるほか、数人が集まれば作戦会議用テーブルが目の前にあるように表示することも可能だった。作戦途中での各自の位置の確認や作戦の進行具合を見ることができた。これらは音声でも前腕の装甲にあるボタンを操作することでも表示できた。
 最後はブーツを履くのだが、足の底の磁力装置を稼働すると、地下で鉄鉱石などを含む壁や天井があった場合、それらにくっついて、逆様に歩くなどの行動が可能だった。
 パワースーツには鉄の成分を感知できるセンサー類が取りつけられていて、壁や床、天井などに鉄分が含まれている様子をヘルメット内に表示できた。次にどこに足を運べば良いのか分かるだけでも戦闘に有利になるし、道が狭い場合は壁や天井を歩いて行くこともした。

 シンガッポー王国の守備隊を圧倒した『バツアムパル戦役』時は作戦参加部隊員全員が逆様になって洞窟の天井を歩きながら同国が地下に敷設したセンサー類を回避して、首都に直接乗り込んでいった。
 この戦役の結果、シンガッポー王国は首都ガポーを占領され降伏したが、当時のレムリアには他国を運営する余裕がなかったために、平和相互不可侵条約を結んでシンガッポーは独立国として現在も存続している。

サポート、お願いします。いただきましたサポートは取材のために使用します。記事に反映していきますので、ぜひ!