龍馬伝を見返して

 坂本龍馬という人物を10年前に見た時よりもわかった。

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1人の下級武士が世の中をひっくり返した
土佐という田舎から世界に打って出た
剣がめちゃん強かった
いろんな女性にモテた

だけじゃない。

 というより、「そこ」じゃない。

でも憧れるのは「そこ」。一匹の男として。

 では「どこ」なのか?

 日本人として結果を出した。
 土地に固執しない。
 目上に物申す。
 商売大事。
 
 私の見解です。

 ツッコミどころ満載です。一つずつツッコんでいきましょう。

 そもそも日本人というくくり。
 ステレオタイプを引き起こす好ましくない表現。
 意図があります。

 シャイだけど、礼儀正しい日本人、というような意味で使ったわけではなく。

 そのカテゴリーに注目していただきたい。
 幕末は藩というくくりが強かった。
 つまり、土佐人、長州人、薩摩人。
 ある種の敵対意識もありました。
 現代では、日本人、アメリカ人、中国人。

 いつの時代も人を所属で認識するようです。私もします。しないようにはするのですが、、
 さらに大きなくくりで考えることは容易ではありません。
 幕末においては日本人。
 現代なら地球人といったところでしょうか。

 その点、龍馬さんは日本人というカテゴリーで物事を考えて行動し、結果を出した。薩長同盟、大政奉還、船中八策。
 
 いや、知ってるよ。視野広かったんやろ?行動力半端なかったんやろ。

 そうなんですが、、

 龍馬は世の中の根源に近い部分が見えていた。

 私はそう感じます。龍馬の手紙を読んでその想いは強まる一方です。

 その根源への近さがあれほどの歴史への爪痕を残したのではないかと。あまり論理的ではないですが、そう思います。

 土地に固執しない。

 土佐という故郷を捨て、定住せずに船で駆け回る。いまでこそノマドワーカーがいますが、当時はなかなかできない芸当です。

 今でも日本の国籍を捨てることに躊躇しない人は少ないのではないでしょうか。

 人が生きる上で決まった家はいらない。

 本質的な気づきではないかと思います。

 目上に物申す。

 これが日本人なかなかできない。儒教の影響でしょう。

 現代でも難しいものを階級制度のある時代にやろうとは、、想像もできないほどの勇気がいることでしょう。
 薩摩軍司令の西郷隆盛、長州軍司令の桂小太郎、土佐参政の後藤象二郎、土佐藩主の山内容堂公、将軍の徳川慶喜。

 文字通り命懸けだったはずです。
 現代人がTwitterでツイートするのとは訳が違います。

 自分に菅首相に物申す度胸があるのか、、まだないです。まだ。

 商売大事。

 何をするにもお金がいる。

 わかっているはずなのに、お金は汚いだの、清貧たるべきだの、どうも素直になれない。

 これはいったいどこからでしょう。

 当時侍が商売をすることは、商人と同列になる。つまり位が下がるとして、恥ずべきことのような認識がありました。非現実的であることは言うまでもありません。

 今でも、お金を稼ぎたいなどと口に出すな、のような風潮があります。

 恥より実をとる。

 当たり前にできている人がどれだけいるでしょう。メンツにこだわって、座視を選ぶ方が多いのではないでしょうか。

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