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大切な人が大切にしているものを大切に

『ラーダーラサスダーニディ5節』(RRS5_170904)

“シュリーラーディカーの蓮華の御足の埃は、愛の美点を全て備えており、ラーダーに憧れる、ヴラジャの寛大なゴーピー、牛飼いの乙女達の頭に乗せられるばかりか、孔雀の羽を王冠に付けたクリシュナにも切望されている。愛の情感が溢れる祝祭で、その埃を崇拝する人々には、それは全ての願いを叶えるカーマデヌ、望みを叶える牡牛、のようである。私はそのシュリーラーディカーの蓮華の御足の埃を思い出す”

ここでシュリーラーディカーの埃について述べられている
第4節もシュリーラーディカーの埃についても書かれていた
今回は、愛と愛の美点を全て備えている、そしてラーダーに憧れるヴラジャの寛大なゴーピーの頭にも乗せられると

実はゴーピー達の愛というのが『シュリーマドバーガヴァタム』の中で非常に讃えられている

特にドワラカの最高の知識人であり、最高のディボーティーと言われるウッタヴァがヴリンダーヴァンに行ってゴーピー達のバクティを見た時に、自分とは全く次元の違うバクティをやっていることに気がついた

それでウッタヴァはゴーピー達の蓮華の御足の埃を欲しいと思った
しかし流石にウッタヴァは立場上クリシュナの友人であり、クリシュナのアドバイザー的立場である、従兄弟でもある
直接ゴーピー達に言ったならば、蓮華の御足の埃はいただけないと思った

そこで彼は「私はヴリンダーヴァンの草として生まれたい、そうすれば私はゴーピー達が歩く時に、その蓮華の御足の埃を自分の頭の上に乗せられる」と言った

ヴリンダーヴァンには、クスムサロヴァラというところがある
そこにウッタヴァの寺院がある
ウッタヴァはドワラカから来て、特にこのクスムサロヴァラでそのような祈りを言ったと言われている

ではなぜゴーピー達がウッタヴァのような博学でドワラカの最高の信者と言われているウッタヴァに讃えられているのか

それは、ゴーピー達は自分の感覚的な満足をほんの少しも持ち合わせていなかったと言われる
私たちは大抵、この物質世界にいると大抵自分の利益が最優先、自分のことが最優先、他人は極端な話、二の次
まず自分の幸福、自分の喜び、自分の感覚的満足、これを最優先にする

ところが、ゴーピー達の関心は、自分ではなくてクリシュナにあった

どうやってクリシュナを満足させようか、そのように考える

クリシュナが朝、ラーダーラーニーの作った食事の後、クリシュナは森に子牛達を連れて放牧に出かける

これは別に、ナンダマハラージがナンダマハラージ命令したわけではない
クリシュナが自分で、私は放牧に行きたいと言って自発的に行く

クリシュナは裸足で行く

そこでナンダマハラージが言う
「クリシュナ、お前、なんで裸足で行くのだ?靴を履きなさい」

と言う
するとクリシュナは言う

「お父さん、だったら、90万頭の牛のために靴を用意してください。私は牛飼いです。」

牛飼いということは牛の主人でもあるけど牛に仕えているということでもある

「仕えている身の私が、なんで靴を履くことができるのですか?もし私が靴を履くのならば、牛の分の靴も全部用意してください。」

これがクリシュナの心情である

それを聞いてナンダマハラージは何も言えなくなる

ゴーピー達もすごく不安になる
なぜかというと、ヴリンダーヴァンには小石があったり、トゲのついた木がよく転がっているため、それが足の裏に刺さると非常に痛いからである

特にゴーヴァルダンではトゲがよく刺さって痛い、それがクリシュナにも起こると思ってゴーピー達は不安なのである

ゴーピーはクリシュナが森に放牧に行くとやはり心配でならない
時には様々な時にゴーピー達がクリシュナの蓮華の御足を自分の胸に置こうとする

ラサダンスの後、クリシュナが消えた後に、ゴーピー達は考える

ゴーピー達は石やトゲなどで傷みそうなクリシュナの蓮華の御足が愛おしい
その蓮華の御足を自分の柔らかい胸に置こうとする
なぜ胸かというと、身体の中で一番柔らかいと言われているのが、胸、とりわけ女性のは胸だからである

そこに置こうとするのだが、ゴーピー達はこう考えた

「クリシュナの蓮華の御足は、私たちよりもさらにソフトで柔らかい」と

ですからもしクリシュナの足が私たちの胸に触れたのなら、私たちの胸は硬いので、クリシュナの御足を傷めてしまうと考える
ですから自分の喜びよりも、クリシュナの喜びを考えている
自分の感覚を満たす気持ちが、一切、微塵もないので、そのためにゴーピー達がさまざまな主の信者の中で最高と言われているのだ

ウッタヴァはクリシュナのために泣くということがほとんどない
なぜならば彼は博学なので、頭で全部理解できるからだ
クリシュナはバガヴァーンだと思っているのだ
しかしゴーピー達は、クリシュナはバガヴァーンだと思っていない
クリシュナは自分の恋人だと思っている
自分の愛おしい人だと思っている
だからクリシュナがいなくなると、泣いて叫んで転げ回る

そこでウッタヴァは、自分はそんな愛を持ち合わせていないと考える

そのゴーピー達が、ラサダンスの時に、ある1人のゴーピーがいなくなった時に、クリシュナが他の全てのゴーピーを置いて、その1人のゴーピーを探しに行く

その後に、ゴーピー達は思うのだ。
その1人のゴーピーこそが、クリシュナの最愛の人に違いない、と

それが、シュリーマティラーダーラーニーだったのである

ラーダーラーニーは、非常に面白い女性なのだが、プライドを持っている
なんで他のゴーピー達と私が一緒にならなきゃいけないの?と、その場を去ってしまうのだ

そしてクリシュナはラーダーラーニーを見つけようとして、今度はクリシュナがきちがいのようになってラーダーラーニーを探し続ける

そしてこの著者のプラボーダナンダサラスワティは、マンジャリー、キンカリの姿で、そしてラーダーラーニーに、共にいると

クリシュナが嘆き悲しんでいる光景に出会う
そしてラーダーラーニーにクリシュナを喜ばせるようにという形でラーダーラーニーを送る

ラーダーラーニーとクリシュナがにクンジャのところで愛の戯れをする
そうすると、ラーダーラーニーの服が乱れる
個人的に戯れているので、その戯れが終わった後にラーダーラーニーがふと思う

まずい、お友達が来るかもしれない、早く着飾らないと、お友達にバレてしまう・・・

時にはラーダーラーニーがクリシュナに向かって、

あなた、私を綺麗に着飾らせて頂戴、

という

クリシュナがふと嬉しいと思う。なぜかというと、美しいラーダーラーニーを自分の手で着飾らせることができるからである

そしてマンジャリー達が様々な品々を持ってくる
例えば戯れによって蓮華の御足の赤い色粉が落ちてしまうので、赤い色粉を塗ろうと持ってきてクリシュナがラーダーラーニーの蓮華の御足に触れた途端に身体中が震えだす

あまりのラーダーラーニーに御足の美しさに体が震えてくる
そして色粉を塗ろうとするのだが、手が震えて塗れない
時には感極まって、御足を胸に置いたり、御足にキスしたり、或いは涙を流したりする

するとラーダーラーニーは、

あなた何やっているの、もうお友達が来てしまうじゃない、早くして頂戴、

という
でもクリシュナはラーダーラーニーの蓮華の御足の美しさにあまりに感動してしまい、身体が動かない

それでラーダーラーニーが仕方なく、あなた向こうに行ってらっしゃい、マンジャリー、キンカリ、あなたがやりなさい、このシャーマスンダリは使い物にならないから、もう時間が経ってしまうからすぐにあなたがしなさい

と、キンカリがやる

そしてこの時にプラボーダナンダサラスワティがスワルーパの姿で来る
そしてクリシュナに、ごめんね、私が変わるわ、と言って、素早くやる

そのように、クリシュナですらも、ラーダーラーニーの蓮華の御足を求めている

なぜ求めているのか

ここに書いてあるのは、カーマデヌのような、望みを叶える牛、のようであるからだと書いてある

つまりラーダーラーニーの蓮華の御足の埃は、全ての望みを叶えることができる

カーマデヌとはどういうことかというと、悪魔と神々がミルクの海をかき混ぜていって、その結果できた牛、カーマ=望み を叶える牛なのだ

ミルクが欲しいと言ったら望む分だけミルクをくれる
望みを叶えてと言ったらその望みをカーマデヌは叶える

それと同じように、或いはそれ以上に、ラーダーラーニーの蓮華の御足というのは、全てのラサ、全ての喜び、全ての望み、全ての完成、それを与えることができる

全てのラサとはどういうことかというと、ラーダーラーニーは、全ての人々の根源のフラディーニシャクティ、つまり母親のような存在なのである
ですからその人がどんな望みを持っていたとしても、例えばその人が僕の関係になりたいと思ったら、或いは友人の関係になりたいと思ったら、或いは親子関係に、恋愛関係になろうと思っても、ラーダーラーニーは全ての望みを叶えることができる

これが、ラサのカーマデヌと書かれているのである

どんなラサをその人が望んだとしても、どんな関係を望んだとしても、ラーダーラーニーだけがそれを叶えることができる

ですから私たちは、このラーダーラーニーの蓮華の御足の埃を思い出すのだ

埃を思い出すとは、ラーダーとクリシュナのリーラーを思い出すということ
とりわけ、クリシュナがラーダーラーニーが蓮華の御足に仕える、蓮華の御足に使えたりマッサージしたりする

ヴリンダーヴァンのセーヴァクンジャというところでは、クリシュナがラーダーラーニーの御足をマッサージしたり仕える

これは実は一般的には公開されない

なぜならば、クリシュナはバガヴァーンであり、クリシュナが全ての力を持っている権威者であると一般的には経典に述べられているからである

クリシュナがラーダーラーニーに頭を下げたりするのは、それはあまり実は経典には書かれていない

それを最初に書いた人物が、ジャヤデーヴァゴースワミなのである

ジャヤデーヴァゴースワミは『ギーターゴーヴィンダ』の中で初めてクリシュナがラーダーラーニーの御足にひれ伏すと書いた

ジャヤデーヴァゴースワミも自分で書いてて、こんなことを書いていいのかと、自分で思ったという
しかしクリシュナが、ジャヤデーヴァゴースワミを通じて書かせたと言われている

ですから私たちはこのシュリーラーディカーの蓮華の御足がどれほど素晴らしいのか、どれほど力を持っているのか、どれほど全ての望みを叶えるのか

私たちがヴリンダーヴァンに行く一つの理由は、ラーダーラーニーの蓮華の御足の埃がヴリンダーヴァンにあるから
ですから私たちはヴリンダーヴァンの土を頭に置く
とりわけ、ヴァルシャナ、ここはラーダーラーニーが少女の頃いつもリーラーをしたところで、ラーダーラーニーの蓮華の御足の埃がふんだんにある

ですからラシカのバイシュナヴァというのは、ヴァルシャナでバジャンをしたがる
その理由は、ラーダーラーニーの蓮華の御足の埃を得るため、ラーダーラーニーのリーラーをダルシャンするためである

ジャイシュリーラーデー!

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