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懐古

(2011-01-14)

昔住んでいた駅を通りかかるのはとても不思議な気持ち
いつも歩いていたホーム
制服で走り降りた階段
ランドセル背負って待っていた踏切
見上げた丘の上には私が通った小学校があって
反対側の丘のむこうにはおばあちゃんとおじいちゃんが住んでいた
毎日通ったアーケード
焼鳥屋さん カメラやさん 電気屋さん 八百屋さん お肉やさん お豆腐やさん 文房具屋さん お惣菜やさん お花やさん 和菓子屋さん 中華やさん 亀屋万年堂
遊び場だったマンションの駐車場
ラジオ体操をしたちかくの公園
死んだおまつりの金魚を埋めた公園の花壇
何度も自転車で転んだ砂利道
何度もボールが流されたどぶ川
毎年もいで食べたビワの木
毎年摘んで花束を作った春の花が咲く秘密の場所

私の知っている街
馴染みのまち
好きかどうかなんて考える前に、私のまちだった、場所。

こども時代は、短くて、やり足りないことは、たくさんある
自転車の遠乗りも
雑草のままごとも
高オニも
居残りも
いつまで寝てもいいお昼寝も
みんな、足りたのかどうかわからないうちに、こんな私もいつの間にかもう、大人でした。

こどもはみんな、大人をめざしてるんだという言葉を知っています。
今を変えていこうと
自分を変えていこうと
そういうパワーの固まりだから、
どんどん進んでいけるんでしょう
一歩先を見つめて
未来を見つめて

私が住んでいた駅には
チェーンの居酒屋ができて
安いスーパーができて
おしゃれなカフェができて
私が知り尽くした街とはちょっと変わりました

私が知り尽くした弟は社会人になり
私が知り尽くした両親は仕事をリタイヤし、

…私は、いつの間にか大人になってしまったけれど
変わらず春が好きで
変わらず寄り道が好きで
変わらず泣き虫で甘えん坊、の、ままです

たとえば天気のいい日曜日は、昔住んでいた家を掃除する母を思い出します
小学校の先生だから、日曜日しかおうちを掃除できないの、と
お布団を干して、掃除して、買い物して、おにぎり作ってピクニックごっこもしてくれた
その母は今別の家で、やっぱり買い物をしたり洗濯をしたりしながら毎日を暮らし
すこしおばさんになって、ずいぶん昔よりも楽しそう

電車の窓をすぎていく景色のように
周りはみんな変わっていくのに
自分は全然変われていない
くやしいのか
さみしいのか
かなしいのか
ぜんぶなのか
わからなくて
電車の中で、涙をこぼして泣いてしまいました

いきていくのは
さみしい

知っていた場所も
だいすきな人も
変わっていくし
とおざかる

大事だってことに気づくのは
ぜんぶ遠ざかったあと

10年後の私は
今を振り返って
やっぱりボロボロ泣くんだろうか

まあ!れいこさん
なんて後ろ向きな性格でしょう

それでもしかたない
すこしでも
今大事だと気づいていることをだいじにするしか
私にできることは
ないんだわ

そう思って、泣きながら電車を降り
泣きながら道を歩き
泣きながら家に帰りました

ひとりぐらしの寒い家だけど
私のまちにある
私の家です
私はいまここに住んでいます

(2011-01-14)

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