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29 灼熱の焼きおにぎり

 熱いのは汁物だけではない。例えば焼きおにぎり。そう、焼きおにぎりもまた、作り方によってはどこまでも熱い食べものにすることができる。
 ここで、また死んだ親父が登場。
 うちの親父は異常に焼きおにぎりが好きで、ごはんの残り物があると、すかさず焼きおにぎりをこさえてしまう人だった。
 作り方は、とくに変わったことはしない。適度な量のごはんを手のひらにとり、両手でニギニギと丸めていく。そのまますぐ焼いてもいいのだが、表面が湿っていると金網にくっついてしまうので、ざるにのせて少しばかり日陰で干す。小一時間ほどして表面がカリカリになってきたら、魚焼きかオーブンで焼く。5~6分ほど経過して全体的にいい焼き色がついてきたら、醤油を塗る……。
 ストップ。ここが問題だ。
 普通の家庭では、ハケかなんかで表面にサッと醤油を塗るのだろう。だが、我が家では、というかウチの親父は小皿に醤油をトポトポと注ぎ、そこにおにぎりをちゃぽんとひたす。で、くるりくるりとおにぎりを回し、表面に満遍なく醤油を染み込ませていく。全体がいい塩梅の茶色になったら、再びオーブンに戻し、さらに焼いていく。
 それから数分ばかり焼いて表面の醤油が乾いたら出来上がり……と言いたいところだが、まだ終わらない。ここでようやくハケを取り出し、醤油の染み込みが甘いところを目掛けて、チョイチョイチョイと醤油を塗り足していく。つまり、完璧に真っ茶色なおにぎり玉の構築を試みるわけだ。
 とにかく時間をかける。醤油の香ばしさはもちろんだが、時間をかけてじっくり焼いているので、元が冷やごはんだったとしても、出来上がる頃には中まで完璧に熱くなっている。慌ててかじりつこうものなら大ヤケド間違いなしだ。
 ぼくがマグマ舌なのは、親父の血かもしれない。親父の作る焼きおにぎりはぼくにとって何よりのご馳走で、親父亡きいまも同じ手順で作っている。

 いま、我が家は母とぼくと娘の3人暮らしになった。ごはんは毎朝3合炊いて、3人が朝に茶碗3杯消費する。それと娘の昼の弁当に詰める。すると、だいたい1合くらいが残る。ぼくは昼と夜は家でごはんを食べないので、昼に母が茶碗1杯食べる。そして夕飯に母と娘が茶碗1杯ずつ食べるとちょうどジャーが空になる。ほぼ毎日それの繰り返しだ。だから、いま我が家にごはんの残り物が出る機会はほとんどない。
 ないはずなのだが、母も昼に外出して家でごはんを食べなかったり、あるいは何かの手違いで4合炊いたりして、夕飯を終えてもごはんが残るときも、ごく稀にある。
 そう、焼きおにぎりを食べられる機会はごく稀にしか訪れないということなのだ。
 さみしいね。
 だったら、冷凍食品の焼きおにぎりでも買っておけばいいじゃない、いまの冷凍焼きおにぎりはかなり美味しいよ?
 という声もあるだろう。バカ言っちゃいけない。冷凍焼きおにぎりなんて、名前に「冷凍」と付いてる時点で寒々しくていけない。あんなものマグマ舌の人間が食うものではない。冷凍焼きおにぎりを食うくらいだったら、そのためだけに新たにごはんを炊いて焼きおにぎりを作るわい。

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