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13 ショウケースの中の盆栽

酒場に限ったものではないが、飲食店の店頭にガラスのショウケースがあって、その中にメニューの見本が飾られていることがある。客は、それを見ながらどれを食べようか、どれを肴に飲んでやろうかと計画を立てる。そんなショウケースも、ある意味では酒の顔と言えるだろう。

ショウケースに飾られているメニュー見本には、本物と偽物がある。

本物というのは、文字通りその店で出すものを実際に作って盛り付けたものだ。すべてのメニューを作るのは現実的ではないので、日替わり定食など一品だけ作って見せることが多い。

一方、偽物というのは、いわゆる蝋(ろう)で作られた食品サンプルのことだ。日本の食品サンプルを加工する技術は非常にクオリティが高く、写真で見せられただけでは本物と見分けがつかないものばかり。

合羽橋に行くと食品サンプルの専門店があり、一般客でも買うこともできる。フォークが宙に浮いたナポリタンとか、一瞬、買いそうになるが、あんなものが家にあっても邪魔なだけだ。外人観光客なんかは寿司のキーホルダーを買っていたりする。

以前、デイリーポータルZでは、調理中の炒飯を北斎の富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」に見立てた食品サンプルを紹介している記事があった。先のナポリタンもそうだが、食品サンプルというのは、食べ物の印象的な一場面を切り取って鑑賞することができる。言ってみれば、食の盆栽みたいなものだろう。

そう考えると、異常に再現度の高い刺身の舟盛りの食品サンプルがあれば、それを見ながら飲めるのではないか。いまは食べられないものになってしまったレバ刺しの食品サンプルを目の前に置き、刺身こんにゃくにごま油を付けて食べれば、レバ刺しを食べている気持ちになれるかもしれない。

2017年9月に北海道を半周してきたことがある。目的はふたつあって、ひとつは古本の仕入れを兼ねたブックオフ巡り。もうひとつはご当地ラーメンの食べ歩きである。

ぼくは日本全国のご当地ラーメンをリストにしてあって、それを実食してはチェックリストを塗りつぶしていくのを趣味にしている。このときの北海道旅行では、札幌のすみれ本店で味噌ラーメン、旭川の蜂屋本店で醤油ラーメン、北見のホテル黒部で北見塩焼きそば、釧路の泉屋でスパカツを食べることを計画していた。

結局、いちばん食べたかったすみれの味噌ラーメンは、ぼくが行った日だけまさかの店内改装工事で休みという運のなさだったが、それ以外は実食することができ、どれも噂通りのうまさだった。そして、スパカツ目当てで行った泉屋の店頭にあったショウケースが、トップに掲載している写真だ。

いやあ、あれは見事だった。名物のスパカツを中心として、その周りに店の自慢のメニューがすべて食品サンプルで並べられている。この日はレンタカーでの移動なのでビールを飲むことは叶わなかったが、この写真を見ていると、すでにこれを肴に飲みたくなっている。

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