見出し画像

50 ほていちゃんの赤星の謎

 2019年にマニタ書房を閉店させたあと、しばらくは平和な日々が続いた。仕事はライター業に専念し、家で執筆をする。若い頃から昼型の体質だったけれど、齢をとるごとにそれが激しくなっていった。徹夜はおろか、もう日が暮れると眠くなってきてしまう。そのくせ、朝は陽が出る前に目が覚める。もう完全にお爺ちゃんだ。
 朝4時に起きて仕事を始める。7時くらいに一段落させると台所へ降りていって、自分と娘と母の三人分の朝食の支度をする。ごはん、味噌汁、焼き魚、お新香。ぼくと母はこれに納豆をつけるが、娘は食べない。それと並行して娘の弁当も作ってやる。
 会社へ行く娘を送り出したら、また二階の自室にこもって仕事を再開する。昼前に目処をつけたら、その日の仕事は終了。夜は母と娘のために夕飯の支度をする必要があるし、そもそも眠くなってしまうから夜に飲みに行くことはしない。
 だから昼飲みをする。

 仕事を終えた10時過ぎくらいに家を出ると、上野には12時前に着く。そう、上野には午前中から飲める居酒屋がひしめいているのだ。上野を選ぶ理由はそれだけでなく、昼飲みの相棒を務めてくれる酒友1号のキンちゃんのテリトリーでもあるからだ。
 最初の頃は、このエッセイでも何度か書いた「新八」で飲むことが多かった。他にも「のんちゃん」「やきとん三吉」「かのや」など、あちこち飲み歩いた。これらの店に昼前に集合して、2時間ばかり飲んだら解散。キンちゃんと別れたぼくは一人で遅い昼めしを食べに行き、買い物をして帰る。夕飯は母と二人で食べることもあれば、遅くに帰ってきた娘と食べるときもある。そのあとは、よほど忙しければ仕事をするが、いまはそんなに仕事がないので、眠くなるまで映画かYouTubeを見て過ごす。これが大体いつものルーチン。

 ところが、2020年の初頭から広まった新型コロナウィルスによって、状況が変わってきた。感染防止のために飲食店は補償金を受け取り休業。多少規制が緩和されたあとも営業時間の短縮や、アルコール類の提供禁止といった状況が続いた。
 酒飲みにとっての危機である。
 そんな中、一切の営業自粛をせず、通常営業を貫いたチェーン店があった。それがタイトル画像にも掲げた「ほていちゃん」だ。新小岩の1号店からスタートして、上野に支店を展開させたあたりから酒飲みの間で知られるようになった。ぼくとキンちゃんもその一人(二人か)。
 どの支店もだいたい昼過ぎか午後3時頃には開店するが、山手線のガード下にある上野1号店だけは午前10時半というかなり早めの時間から営業を開始する。もうぼくの生活にぴったりなのだ。
 感染症の仕組みを考えたら、酒場がそれほど危ない場所だとは、ぼくには思えなかった。入店時に手をアルコールで消毒し、会話をするときにはマスクをつける。飲み食いするときだけマスクをずらす。ただ、ぼくと同じ考えの人ばかりではないので、店内ではマスクを取り去って大声で会話している客もいる。それを避けるためには、換気のいい場所──入り口付近のドアを開け放った席を確保すること。それで十分だ。
 コロナが始まってからも、ぼくは一切自粛することなく酒場に通い続けたが、感染とは無縁だった。まあ単に運が良かっただけなのかもしれないけれど。

 ほていちゃんといえば、いまだ解けない謎がある。
 サッポロ赤星の大瓶が410円という破格の値段で飲めるのだが、注文できるのはカウンターの立ち飲み客だけなのだ。それを知らないテーブルの客がカウンターの瓶ビールを見て注文し、店員から断られている光景を何度見たことか。
 カウンター客には出すけれど、テーブル客には出さない。ぼくとキンちゃんは幾度となく意見を交換したが、どうしてもそのことの合理的理由が見出せなかった。
 たとえば、ネットカフェの「快活CLUB」では、店内に無料のドリンクバーがあるが、それらを個室に持ち込むことはできない。なのに、客がコンビニで買ってきた弁当やドリンクは、個室に持ち込んでもOKなのだ。
 最初はぼくもその理由がわからず困惑したが、少し考えてみてわかった。フリードリンクといえども、店内で提供している飲食物を個室内で食べることを許可すると、風営法の規制に引っかかるからだ。客が外から持ち込んだものは、あくまでも客が勝手にしていることで、店がやったことではない。だからOK。この解釈は間違っていないはずだ。
 では、ほていちゃんの場合は?
 逆ならわかるのだ。ほていちゃんはカウンター席の客は飲食代が1割引きされる。それだけでも十分ありがたいのだから、赤星を安く飲める権利はテーブル客に譲ってあげてね? という配慮。あるいは、テーブル、カウンターを問わず、ほていちゃんではお安く赤星が飲めます! これならなおさら納得がいく。でも、そうはなっていない。なぜなんだろう……。
 ぼくらは上野1号店に通いすぎたせいで、すっかり店員さんとも顔馴染みになった。ズエくんかイトウちゃんに訊けば、あっけなく答えを教えてくれるだろう。だけど、それはしない。
 かつて赤瀬川原平さんは、路上で発見した超芸術をトマソンと命名した。トマソンの基本ルールは、なぜそれがそのようなことになったのかを所有者には尋ねたりしない、というものだった。その、おかしなことになっている様子を、アーデモナイ、コーデモナイと鑑賞者が勝手に想像して楽しむ。その行為も含めてのトマソンなのである。
 ほていちゃんの赤星は、ぼくとキンちゃんにとってのトマソンなのかもしれないね。

※「ゆりかごから酒場まで」全50回、これにて終了です。約一年間お付き合いいただきありがとうございました。度々サポートをいただいた皆様にもお礼申し上げます。少しのあいだお休みしたあと、次はお酒とは関係なく、さまざまな食べ物にまつわるエッセイを書こうかと考えています。こちらもご期待ください。

気が向いたらサポートをお願いします。あなたのサポートで酎ハイがうまい。