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48 未完成の手裏剣チップス

 遠い昔、遥か彼方のインターネットで、まだSNSがmixiくらいしかなかった時代のこと。飲み仲間のあいだで「ちくわぶ」が流行ったことがある。きっかけを正確には覚えていないが、おでんなどつつきながら、
「ちくわぶって……うまいよねえ」
「大阪の人は食わないらしいね」
「ちくわぶって、おでん以外で食ったりする?」
「そういえば聞いたことない」
「じゃあ、ちくわぶを使った新メニューでも考えてみるか!」
 と、そんな些細な会話からだったかもしれない。
 それで、我々はちくわぶ愛好会的なものを結成した。当初は、クイーンの「レディオ・ガガ」にあやかって「チクワブ部」などと呼んでいた(歌ってもいた)が、さすがに言いにくいので「ブ」をひとつ取って「ちくわ部」に落ち着いた。
 そして、ちくわ部では各自がオリジナルのちくわぶ料理を作って持ち寄り、誰かの家で飲み会をやろうということになった。

 さて、ちくわぶを使って何ができるだろうか?
 といっても熟考するまでもなく、塩味のものや揚げものが好きなぼくは、迷うことなくちくわぶを揚げてみようと思った。しかし、ちくわぶをそのままぶつ切りにして揚げたところで、ちくわの磯辺揚げのようにはならない。魚のすり身で出来ているちくわと違って、ちくわぶは早い話がうどん粉の塊だからだ。
 次に、ちくわぶのカタチに着目してみた。ちくわぶというのは真ん中に穴が空いていて、周辺はギザギザの歯車状になっている。見方によっては手裏剣にも似ている。そうだ、これを薄くスライスして、油で揚げて、塩を振ったら、ちょっとしたスナック菓子になるのではないか。名付けて「手裏剣チップス」。これはいいぞ!
 俄然コーフンしたぼくは、とりあえず試作を始める。
 ちくわぶは弾性が強いので、普通に切るだけでもそれなりの力を要する。これを薄~くスライスするのは、さらに困難だ。肉屋さんのような電動スライサーでもあればいいが、そんなものは家にない。なので手動のスライサーで試みたが、たったの1枚すら切れなかった。予想以上にちくわぶの粘りは手強いのだ。
 いっそ凍らせてみるのはどうかとも思ったが、どう想像を巡らせてもスライサーや包丁で望みの薄さに切れるイメージが湧かない。
 結局、包丁で可能なギリギリの薄さ(3mmくらい)に切って揚げてみたが、これでも厚すぎるのか、芯までカラリと揚げるには時間がかかる。かといって、時間をかけて揚げるとこんどは固くなりすぎて、出来損ないの瓦煎餅というか、どうにも「チップスの趣」とは程遠いものになってしまった。
 さあて、どうしたものかなあと顎に手を当てしばらく考え、そうだ干そう! と思い至った。ギリギリ薄く切っただけではダメだ。それを天日で干して、水分を取り除くのだ。正月の鏡餅だって、割って砕いて天日に干してから揚げれば、いいあんばいのかき餅せんべいになる。あれと同じ要領だ。
 そうして出来上がったのが、ヘッダーにあげた写真の手裏剣せんべいである。これでもまだ固さは残るが、食べられないほどではなかった。いつか、電動スライサーを手に入れて、本気の手裏剣チップスをリベンジしてみたい気持ちはあるが、とりあえず我が家で出来るのはここまでだ。

 ちなみに、ちくわ部の他のメンバーが作ってきた料理は、ちくわぶとなるとを煮込んだ「わぶ汁」、茹でたちくわぶに湯煎したチョコをかけた「わぶチョコ」などなど、どれも狂ってるけれど食べてみれば意外においしい名品揃いだったことを付け加えておこう。

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