52 対馬のとんちゃん焼きを訪ねて(前編)
2011年の夏、ぼくは博多港と釜山港のちょうど中程に浮かぶ「対馬」へ渡った。とあるゲーム開発の仕事で、対馬料理を取材するためだ。
博多港から九州郵船のジェットフォイルに乗って、対馬の厳原(いづはら)港へ。所要時間は2時間15分。ノートPCで映画でも見ていれば、エンドクレジットが始まる頃には着いてしまう感じの船旅である。
厳原は、対馬全体の下側3分の1くらいのところにある港町で、そこから歩いて行ける距離のホテルを予約しておいた。ホテルに着いて、さて、どうしたもんかと考える。今回のいちばんの目的は、対馬の郷土料理「対馬とんちゃん」を実食することだが、どこに行けばそれを食べられるのかがわからない。
とりあえず、町でいちばん大きな「対馬市交流センター」に行ってみる。ここは、本州でいうところのジャスコみたいなもので、厳原周辺の人はみんなここに集まる。中には生鮮食品売り場と、靴屋と、薬局と、うどん屋と、100円均一ショップと、モスバーガーがあった。あまりにも腹ペコだったので、うどん屋で「かき揚げうどん」なんか食べてしまった。これといって地元の名産品が具材に使われているわけでもなく、本当に普通のうどんだったんだけど、遠く離れた土地で食べるうどんはいつだってうまい。
このあと、腹ごなしのため近くにあるという八幡宮神社を見にいく。神功天皇が三韓征伐から帰る際、対馬の清水山に行幸し、神霊が宿る山だとして、神鏡と幣物を置いて、天地地祇を祀ったという言い伝えがある。白鳳6年、天武天皇の名により清水山の麓に社殿を造営して、八幡神を祀ったのが、この神社の始まりだそうだ。資料を書き写しただけなので、歴史に疎いぼくはチンプンカンプンである。
ともかく、八幡宮の石段を登ったり降りたりしているうちにうどんも消化され、いよいよ目指すべき郷土料理「対馬とんちゃん」を食べさせてくれる店を探さなければならない。宿泊しているホテルの周辺には飲食店がたくさんあり、すぐに見つかるだろうとタカをくくっていたのだが、いざ行動に移してみると不思議なことに見当たらない。
ならばもうひとつの郷土料理である「石焼き料理」というのを食べてみようと、それっぽい割烹料理屋に入ってみたら、石焼き料理は石を焼くのに時間かかるから予約制だ、と言われてしまう。
名物「対馬とんちゃん」は見当たらないし、石焼き料理も食べさせてもらえない。ぼくはいったい何しに対馬くんだりまで来たのやら……。
しかし、厳原の町をとぼとぼ歩いていると、目の前に何やら良さげな料理屋が見えてきた。生け簀料理の「志まもと」だ。
この時点で時刻は夕方の4時、まだ開店前だったけれど、店頭のお品書きをながめていると、女将さんらしきご婦人が出てきた。思い切って声をかけて事情を話すと、「一人前からでも石焼き料理を用意してさしあげましょう」とのことだ。しかも、対馬とんちゃんはメニューにないけれど石焼き料理の石を使えば一緒に焼けるので、少しだけ用意しておきましょう、とも言ってくれた。やった!
一旦ホテルに戻ってシャワーを浴び、ふたたび先ほど志まもとさんへ向かう。店では、先ほどの女将さんが個室を空けておいてくれた。一人客なのにありがたいことだ。
テーブルの上には、熱々に焼かれた石が用意されている。この石に山海の珍味をのせて焼くのである。
当時のメモを見ると、魚介類はタイ、ヒラマサ、アナゴ、ホタテ、サザエ、イカゲソの6品。野菜類もサツマイモ、ナス、タマネギ、長ネギ、ピーマン、キャベツの6品。さらに菌類はドンコ(しいたけ)とエノキまであるという、実に豪華なラインナップ。少食のぼくが一人で食べ切れるだろうか。
女将さん曰く、魚介類は刺身でも食べられる新鮮なものだから、あまり焼き過ぎないのがコツだとのこと。表面が白っぽくなったら、ポン酢か、ゴマダレでいただく。
うはっ、これはうまい……。
ひと通り石焼き料理を堪能したところで、そろそろ待望の「対馬とんちゃん」が出てくるはずだ。そう思って待ちわびていたが、なかなか出てこない。どうなっているのかと、通りがかった板前さんをつかまえて尋ねてみると、「うちは、とんちゃんないですよ?」だって。
あれーっ!!
どうやら、女将さんがそのことをすっかり忘れていたようだ。しかし、ここでゴネても仕方がない。ぼくは素直にあきらめ、次の策を練ることにした。