08 チキンとギチとフラれ男

　専門学校に通い始めてから、松戸駅前のケンタッキーフライドチキン（KFC）でアルバイトを始めた。高校時代にアルバイトをする目的は漫画本のコレクションを充実させるためだったが、専門学校に入って女の子との出会いに目覚めてからは、日々のコンパやデートの資金を稼ぐためのアルバイトだった。
　学校にも女の子はたくさんいる。でも、KFC、つまりファーストフードの職場にも、女の子はたくさんいる。ハーレムハーレムなのだ。
　KFCにはたくさんの思い出がある。
　女子バイトは、基本的に接客と商品のパック詰めが主な仕事。一方、男子バイトは本部から送られてくる冷凍チキンを店舗の奥にある冷蔵庫へ並べるのと、それらを店頭の売れ行きに合わせて随時引っ張り出し、厨房で調理してフライドチキンにするのが主な仕事だ。
　KFCのキチンにはキール（胸）、リブ（あばら）、サイ（腰）、ウイング（手羽）、ドラム（腿）の４種があることなどは、いまでもソラで言える。
　冷凍チキンのパックには、これらが２ピースずつ、つまり８個入っている。これをシンクで解凍し、流水で下処理し、秘伝のスパイスで味付けし、圧力釜で揚げる。このときも、「サーモ（温度設定）よーし！　リッド（圧力釜の蓋）よーし！」などと声出し確認をして、加熱スイッチを入れる。
　タイマーは食べごろ時間で揚がるように設定されているので、スイッチを押した後はバイト仲間と奥でタバコでも吸ってダベっていればよい。時間が来たらリッドを開け、いいあんばいに揚がったチキンを引き上げ、トングでトレーに並べて店頭の保温器に入れる。そこから先はお客さんにも見えるよね。
　圧力釜は、何度か使用すると油（シーズニング）も劣化するし、釜の内側に揚げカスがこびりつくので、何度かに一度は掃除しなければならない。油を抜き、釜の内側をタワシと洗剤で洗う。だが、時間との勝負なので、釜が冷えるのを待ってはいられない。タワシを掴んだ手を突っ込み、内壁をガシガシと洗う。うっかりしてると二の腕の内側を釜のふちに当ててしまい、ジュッとなる。そう、火傷するのだ。
　利き腕の、二の腕の内側に横線で残った火傷痕。それが何本もあるのは、KFCで働く男子アルバイトの勲章だ。

　大塚ギチという男がいた。過去形なのはすでに亡くなっているからだが、こいつとは1991年頃にファミコン雑誌の仕事で知り合った。彼が編集者、ぼくがライターの関係だ。
　あるとき電話で雑談をしていたら、「そういえば、とみさわさん松戸なんですって？　おれも松戸にいたことあって、駅前のケンタでバイトしてたんすよ」と言われて驚いたことがある。彼はぼくの13歳下だから、当然バイトで顔を合わせているはずはないが、まさか、いまこうして同じ分野で仕事をしている二人が、同じ店でバイトもしていたなんて、奇遇である。
「更衣室が二階の軍司屋さん（うなぎ屋）と共同でしたよね」
「隣の女子更衣室との壁に先輩が覗き穴あけて、バレそうになって大変だったよ！」
　そんな話をファミコン雑誌の編集者とする日が来るとはね。

　ぼくがバイトをしていた頃、新松戸店にカーネル・サンダースが視察に来るというニュースが、社内報に載っていた。へえ、日本の支店にもわざわざ来るんだ。偉いね。でも、その日はおれ松戸店のバイトが入ってるからさ、見に行けないなあ。
　そのときは、そんな風に考えて軽くスルーしてしまったが、いま思えば冗談じゃない。「お前、何ぼんやりしてんだ！　バイトなんか休んで新松戸店へ会いに行け！」と当時の自分を叱りたい。だって、生きて動いてるカーネル・サンダースに会ったことがあるだなんて、一生自慢できることじゃんか。

　なかなか酒の話にならなくてスマン。
　KFC時代におけるいちばんの思い出は、なんといっても女子バイトたちを誘ってのコンパだ。
　バイトの先輩にＩ野さんという超女好きのナイスガイがいて、彼が積極的にセッティングをしてくれた。まあコンパと言っても松戸駅周辺の安い居酒屋での飲み会だけど、女の子たちもノリノリで参加してくれて、かなり楽しい毎日、ザ・青春だった。
　この当時、主に飲んでいたのは乾杯の生ビール。そこからウイスキーの水割りに変わり、興がのってくると日本酒という感じ。昔も今も変わらず、若者は自分の酒量の限界を知らず、人前でいい格好をしようとして無茶な飲み方をした挙句に正体をなくす。バカだなあと思うけれど、そういうことを経ていかないと酒は強くなれない。ぼくも女の子の前で酒が強いところを見せようとして飲み過ぎたり、酔ってフラれ話をして女の子の同情を誘おうとして引かれたり、いろんなことがありました。
　男子も含めて、KFCでのバイトの大半は大学生だったのに、ぼくは専門学校生。でも、そこに学歴差別的な何かは一切感じられなかったのは幸福なことだったなと、いまあらためて思う。

※写真はKFC時代のコンパの風景。いま振り返っても天国のようですね。