見出し画像

07 同窓会で破顔する親方の笑顔

若い頃は同窓会というのが苦手だった。自分の恥ずかしい時代を知っている連中と、何でいまさら会いたいものか。

同窓会というのは、社会的に成功している人間ほど出席したがるものであるように思える。

「おれ? 先月千葉に支社を作ったんですよ。事業をさらに拡大しようと思って」
「本社のPCをすべて新しいものに入れ替えました。心機一転、業務効率を上げていきますよ」
「自分はそのつもりがなかったんですけどね、秘書に言われて社用車を新調しました。やはり安全第一ですから……」

うっせえ、バーカバーカ。同窓会に来てまで自慢してんじゃねえ!

会社勤めというものに馴染めず、入社と退社を繰り返して、その間にフリーライターをやっている様な自分は、金回りのいいときもあったけれど、だいたいは低収入の暮らしだ。いつも事務所の家賃の支払いに頭を悩ませる生活だった。だからひがみ根性の塊で、幼馴染の成功している姿を見て素直に祝福してやる気持ちには、なかなかなれなかった。

どちらかといえば過去の話をするのは好きなほうだけれど、小学生~中学生時代はひたすらバカだったので、その頃の話なんか思い出したくもない。「富澤くん、ランドセル忘れて学校に来たことあったよね~」なんて言われて、強く反論したいところだが事実なので何も言い返せない。

同窓会が苦手な理由はもうひとつあって、それは会場がホテルだということだ。

酒を飲むのは好きだから、飲み会は大歓迎である。だが、ぼくが好きなのはあくまでも大衆酒場であって、ホテルのラウンジじゃない。受付で名前を記帳し、荷物やコートをクロークに預けて、名札を胸に付け、グラスを片手に談笑する。部屋の周囲にはオードブルが並んでいる。

ああ、落ち着かない!

縄のれんが、酎ハイが、煮込みが、ホッピーが恋しい!

同窓会というのは、一次会はホテルでやっても、二次会はほとんど居酒屋に流れたりするものだから、ぼくの意識は最初からそっちにばかり向かっている。

そんな自分ではあるのだが、ここ数年は少し気持ちに変化が現れている。同窓会が以前ほど嫌ではなくなってきているのだ。むしろ、好ましく感じている気配もある。

その心境の変化の理由はわかりきっている。歳をとったのだ。歳をとって丸くなった、ということもあるかと思うが、それより何より、死ぬのだ。自分ではなくて、同級生が。

前回、来ていた奴が、次に開催されたときには来ていない。「あいつどうしたの?」と聞けば、「ガンで去年死んだよ」と知らされる。そんなことが珍しくなくなった。

50歳を過ぎたあたりから、同級生の訃報を聞くことが増えてきた。そして昨年ついに60歳になった。我々、うかうかしてると死んじゃう年齢なのだ。

人間、会いたい人には会えるうちに会っておいたほうがいい。同窓会は、その最適な場でもあるのだろう。「こいつ、次回は来ねえかもしれねえなあ」と思うと、同級生の誰もが愛おしく感じられる。もちろん、そこには自分が死んでしまうかもしれない可能性だって含まれているわけだが。

ぼくは両国で生まれ、両国で育った。

両国というのはご存知のように相撲の土地だから、あちらこちらに相撲部屋があり、力士が町を徘徊している。学校の同級生にも相撲部屋の息子や娘がいたりする。

ぼくの中学時代の同級生に福薗好昭という奴がいた。あだ名はチャキ。チャキチャキの江戸っ子であることから、中学時代の彼はみんなからそう呼ばれていた。井筒部屋の次男坊で、後に角界入りして逆鉾(さかほこ)を名乗った。ぼくは相撲に関心がないので現役時代の彼の活躍はほとんど知らないが、土俵上でガッツポーズをして物議をかもすなどした。いかにも若い頃からヤンチャだった彼らしい。引退後は部屋を継いで井筒親方となった。

ぼくの知る限り、これまでチャキは同窓会に来たことがなかった。

単純に親方業が忙しかったという理由もあるだろう。また、若き日の姿を知っている身としては、彼に過去を懐かしむイメージがなかったので、同窓会になんて来るわけがないとも思っていた。

ところが、2016年の10月に開催された同窓会に、チャキが来たのだ。

まあ、みんな驚いたよね。ぼくらの同級生のなかでは一番の有名人だ。しかも、この年の3月場所で白鵬に寄り切られた際、土俵下に転落して左足を骨折してもいた。それから半年以上経過していたのでもう松葉杖は突いていなかったが、歩くのは辛そうだった。

これまで同窓会には来たことがないチャキが現れ、みんな驚き、喜んで、すっかり彼は話題の中心になった。あのチャキが? 中学時代、いつもピリピリして周囲に殺気を放っていたあのチャキが、随分と丸くなった。今年はニコニコと、会って話して、酒を飲んでいる。

何か心境の変化があったのかな。思うところあってみんなに会いたくなったのかな。理由はわからなかったが、ぼくもすごく嬉しく感じ、何度も何度も乾杯した。

それから3年後。チャキの訃報を知った。すい臓がんだったという。発覚したのは2019年の7月だというから、同窓会に突然現れたこととは無関係だろう。それでも、あのとき珍しく見せてくれたふくよかな笑顔は、何かを取り戻そうとしていたように思えてならない。

気が向いたらサポートをお願いします。あなたのサポートで酎ハイがうまい。