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24 新年最初のお楽しみ「ロマ弁」

 モギさんとの出会いによって遊びの幅が広がったことはいくつもある。ジッポーやスキーの楽しみ方もそうだが、駅弁大会もそのひとつだ。
 駅弁大会とは、毎年1月になると新宿の京王百貨店で開催される「元祖 有名駅弁と全国うまいもの大会」のことだ。彼と知り合う前からそういう催し物があるのは知っていたが、実際に自分で足を運んだことはなかった。
 なぜか? 答えは簡単。
 以前から熱い食べ物が大好きで、自らを「マグマ舌」と呼んでいるような人間が、わざわざ駅弁みたいに冷めた弁当を買って食うわけがないからだ。京王百貨店で1,000円も払って冷めた駅弁を食わされるくらいなら、京王線地下改札近くにある立ち食いの「新和そば」で熱々の天ぷらそばを選ぶわい! というのが正直な気持ちだった。
 ところが、モギさんと知り合って、旬亭のカウンターで駅弁大会がいかに楽しいイベントであるかを聞かされるうちに、沸々と興味が湧いてきてしまった。京王百貨店の7階催場に、全国の選りすぐられた駅弁屋さんが集まり、日本中から駅弁マニアが殺到する。それはなんだかすごく楽しい場所であるような気がしてきたのだ。
 それで、たしか2003年か2004年の大会だったと思うが、ぼくは初めて駅弁大会に参加した。そのときにどんな駅弁を買ったかはまるで覚えていないが、まあ楽しかったよね。それなりにおいしかったとも思う。「冷えた食い物は好きじゃない」というぼくの特殊な性癖を除外すれば、日本中の駅弁の名店が集まる大会で買える弁当が、うまくないわけはない。
 その日以来、ぼくは駅弁大会というものが好きになった。

 で、ここでモギさんはちょっと横に置いといて、また別の友達の話になる。
 ちょうどその頃、ぼくはライターの安田理央さんと面識を得る。以前から同業者として名前は知っていたが、執筆ジャンルが違っていたせいか知り合うチャンスがなかった。でも、彼の書く文章から滲み出る趣味や人柄から、一度会えば絶対に友達になれるだろうという確信があった。それで、共通の友人を通じて飲みの機会を設けてもらい、実際に会ってみたら、やはり仲良しになってしまった。
 そのときに安田さんが物産展好きであり、京王の駅弁大会も大好きだということを知り、だったらぼくの友達に駅弁大会のマニアがいるから紹介するよ! という話から、彼を旬亭に連れて行ってモギさんに引き合わせることになるのだった。
 そのときの二人の会話が奮っている。安田さんが「駅弁大会、好きなんですよ~。会期中は何回も行くほどで……」と言うと、モギさんは「あ、そう。おれは毎日行くけどね」とあっさり答えた。これは誇張でもなんでもなく、モギという男は本当に駅弁大会の会期中、毎日のように京王百貨店(の7階に)足を運んでいるのだ。なんなら1日に二度、三度と顔を出すこともある。別に毎回弁当を買うわけでもない。ぐるりと会場を回ってパトロールしているのである。本当にどうかしている。
 ともかく、その日から旬亭での駅弁大会談義が始まった。安田さんはモギさんのことを「大会の師匠」と呼ぶが、案外シャイなモギさんは「師匠じゃねえよ」とつっけんどん。ぼくはそんな二人の関係をイヒヒと見物した。
 それはともかく、駅弁大会──駅弁そのものではなく、駅弁大会というイベント自体が最高の酒の肴になった頃、モギさんの頭に突如として閃いたのが「駅弁とゆくロマンスの旅」、すなわち「ロマ弁」だった。

 駅弁というのは、本来は駅で買われ、旅に向かう鉄道の中で食われるものでなければいけない。でも、京王駅弁大会で売られる駅弁は、デパートの中で買われ、デパートの中の休憩所や自宅で食われる運命にある。
 だが、せっかく新宿で駅弁を買ったのなら、そのまま新宿発の長距離列車、たとえばロンマンスカーなどに乗り、車中で食ったほうが断然楽しいのではないか? 小田原でも、箱根でも、どこまで行ったってかまわない。なんなら、行くだけ行って、すぐにトンボ帰りしたっていい。大事なのは、駅弁を買って旅に出るということだ。そうやって生まれたのが、「ロマ弁」という遊びなのである。
 日記を見ると、第1回のロマ弁が開催されたのは2005年1月23日のことだった。
 ロマ弁の参加者は、京王百貨店朝10時のオープンと共に会場入りし、目当ての駅弁を買う。往路と復路用に2個買う者もいれば、3つ4つ買う大食いもいる。ぼくは少食なのでひとつで十分だ。
 旅の車窓にお酒は欠かせない。キオスクで缶ビール、缶酎ハイを買ってもいいが、どうせなら同じく京王百貨店の地下にあるリカー売り場で、冷えた吟醸酒やワインを買い込んだ方がいい。ちょいと多めの五合瓶など買って、みんなに振る舞うのがまた楽しい。
 そうやって弁当と酒を仕入れたら、約束の時間に新宿駅の西口地上改札前(ロマンスカー乗り場)に集合し、そこからロマンスカーに乗って目的地へ向かうのだ。いま話の流れ上「目的地」と言ったが、実はロマ弁に目的地はない。ロマ弁の主役は、あくまでも「駅弁」であり、それを盛り上げる「ロマンスカー」であり、さらにはそれらの楽しみをブーストする「酒」だ。この3つに比べたら、ぼくらが乗ったロマンスカーが「どこに向かうか」なんて、実に些細なことなのだ。向かった場所(たいていは終点の箱根湯本だが)、そこで何をするかは実はそんなに重要視されていない。行きがかり上、みんなでかっぱ天国の足湯に入ったり、干物屋でお土産を買ったりして、団体行動をすることは多いが、ロマ弁という遊びの原則は、あくまでも「ロマンスカーの車内」なのである。

 ああ、楽しい。今年もロマ弁が開催されるよ。というか、いまこの酒エッセイをアップしているいまこの瞬間こそが、2023年度のロマ弁の日なのだ。ヘッダーに上げた写真は、つい先ほど走り出したロマンスカーの中で撮りました!


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