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「ヴェニスの一日」五曲説の検証!

要旨

エセルバート・ネヴィン作曲の「ヴェニスの一日」は、四つの曲からなるとされているが、五曲目があるという説がある。
調べた結果、出版当時の楽譜は四曲であり、ネヴィンの死後12年経って出版された「The life of Ethelbert Nevin」(Vance Thompson著)の作品解説・作品リストでも四曲とされていることがわかった。
最後に、五曲説がなぜ浮上したのか検討し、その原因がThompsonの作品リストの表記にあるのではないか、という仮説を立てた。


前置き

「ヴェニスの一日」(原題:A DAY IN VENICEもしくはUN GIORNO IN VENEZIA)は、アメリカ人の作曲エセルバート・ネヴィン Ethelbert Woodbridge Nevin (1862-1901)が作曲した、四つの曲からなるピアノソロ曲である。
ネヴィンがヴェネツィアに滞在しているときに作った曲で、楽譜が出版されたのは1898年だが、1897年には完成していたようだ。

マンドリンの業界では、故・中野二郎氏が編曲したマンドリン合奏版がよく知られているのだが、この「ヴェニスの一日」に実は五曲目がある、という説がある。

といってもかなり知名度の低い説だと思われる。
X(Twitter)で検索したところ、2件しか説に触れた投稿は見つからなかった。

私が説を聞いたのは父・青山忠からで、2024年6月9日(日)にトッパンホールで開催される「青山忠プロデュース マンドリンコンサートvol.1〜ポピュラーとイタリアオリジナルの世界〜」で「ヴェニスの一日」を取り上げると決まったことがきっかけだ。
しかし、父にその噂を聞く前から、私は「ヴェニスの一日」の構成についてはある疑念を抱いていた。

「ヴェニスの一日」の構成に対する疑問

「ヴェニスの一日」は四つの曲からなることは先ほど述べたが、その3~4番目の曲は英題では「Venetian Love Song」「Good Night」となっているように、しっとりとしたスローな曲である。
複数の曲を構成するときの感覚として、どこで盛り上げるか、テンションが高い曲を挿入するか、という意図はとても大切だ。
なぜならゆったりした曲が続くと飽きてしまうし、最後の曲は盛り上がって終わりたい、という感覚も昔からあるからだ。

「ヴェニスの一日」というタイトルだから、最後の曲が「Good Night」というのは意図としてわかるとして、「Venetian Love Song」「Good Night」の間に、アップテンポの曲が入ってもいいのではないか、という感想は、私は昔この曲を初めて弾いたときにも抱いていた。

だから、「五曲目がある説」も、もしかしたらありえるかも…という気になったのだ。

しかし根拠なく噂を信じるわけにもいかないから、今回は「五曲目がある説」について調べ、検証してみた。

そもそも「五曲説」を主張している人はいるのか?

「五曲あるという噂がある」というのは父から聞いただけで、その父もどこでその話を聞いたかは覚えていないという。しかし、つい最近聞いたという話ではないらしい。
とりあえずネット上に記述がないか調べてみたところ、二つのサイトに行き当たった。

「五曲説」を扱ったサイト

「エセルバート・ウッドブリッジ・ネヴィン作品表」のほうには、ほぼThompson辞典に従うという注釈があり、ヴェネツィアの1日(A day in Venice)Op.25(1898)は五曲とされている。

「使える!曲目解説」のほうでも五曲とされており、五曲目は「March of the Pilgrims(巡礼の行進)」だとしている。

その他には、X(Twitter)で「幻の五曲目」という表現をして触れている人がいたりしたが、それ以外に有力な情報は見つけられなかった。

これらの記事が説の発信源かどうかはわからないが、「五曲説」を主張している人はいたし、その五曲目が何なのかまで触れられている記事も存在した。

「四曲説」の証拠

IMSLPで調べたところ、「ヴェニスの一日」の原譜が見つかった。
出版社:The John Church Company
プレート番号:12868-3,12858-5,12869-3,12887-4

https://vmirror.imslp.org/files/imglnks/usimg/b/bd/IMSLP236522-SIBLEY1802.15548.d08a-39087012350247giorno.pdf

プレート番号が曲順通りではなく、連続もしてないことは気になる。
しかし、原譜に収録されているのは、いま知られている四曲のみだし、楽譜冒頭の曲目一覧にも四曲しか書かれていない。つまり特定の曲が楽譜から欠落している、ということも否定される。

こうなると、五曲説は間違いで、やはり四曲なのではないかと思えてくるが…?

なお、「March of Pilgrims」の原譜もIMSLPにあった。

https://vmirror.imslp.org/files/imglnks/usimg/1/17/IMSLP321298-SIBLEY1802.22302.4be4-39087012350254march.pdf

出版社:The John Church Company
プレート番号:13865-4

プレート番号は「ヴェニスの一日」とは大きくズレがあるようだ。

さらに、関係ないかもしれないが、「March of Pilgrims」という同名の別の曲も見つけた。

https://vmirror.imslp.org/files/imglnks/usimg/a/a1/IMSLP380799-PMLP615027-Maylath_-_25_The_March_of_the_Pilgrims_Op.25.pdf

作曲したのはHenry Maylath[Heinrich Maylath](1827-1883)だが、ピアノ曲である点は共通だ。
さらに、Op.25であるという点が「ヴェニスの一日」と偶然一致している。
とはいえ別の作曲家の曲を混同するだろうか?

無理やり可能性を考えるならば、作曲家の情報が脱落し、「March of Pilgrims」「Op.25」という情報のみが残った結果、「ヴェニスの一日」の一部として認識されてしまった、というケースだろうか。

「五曲説」の発生源を発見?

ここで「五曲説」を明記していたサイトの情報を抜き出すと、
・出典はThompson辞典
・五曲目は「March of Pilgrims」
ということの検証が必要だと思えるので、それぞれ調べてみたところ、これが「五曲説」の発生源ではないか、という情報にたどり着いた。

Vance Thompsonの「The life of Ethelbert Nevin」

Vance Thompson(1863-1925)は、怪しげな健康法についての本なども書いていたようだが、文学方面で創作・批評などを行った人のようだ。
そのVance Thompsonが、「エセルバート・ウッドブリッジ・ネヴィン作品表」で触れられているThompson辞典の著者かどうかはわからないのだが、Vance Thompsonの著作に「The life of Ethelbert Nevin」という本があり、それはアーカイブ化されて誰でも読むことができるようになっている。

この本には「ヴェニスの一日」の曲目解説も載っているのだが、そこでも曲数は4である。

情報伝達ミス仮説

しかし、本の最後、作品リストを見てみると、おや、と思うことがあった。
その箇所を抜き出してみる。

1898

The Rosary .................................... Song
Life Lesson (There, little girl, don't cry) ... Song
"My Love's Waitin' " ................................. Song

OP. 25, A DAY IN VENICE
   1.Alba (Dawn) ..................…......... Piano
   2.Gondolieri (Gondoliers) .............. Piano
   3.Canzone Amorosa (Love Song) ...Piano
   4.Buona Notte (Good Night) ......... Piano
March of the Pilgrims, for the Knight Templars ........ Piano

五曲目である、と片方のサイトで挙げられていた「March of the Pilgrims」が、「OP. 25, A DAY IN VENICE」のすぐ後に書かれている。
「ヴェニスの一日」の四つの曲は、行の左端に空白を置いてから番号が振られているので、「March of the Pilgrims」とは別の曲だとわかるが、もしこれを写すときにミスがあったら・読み間違えたとしたらどうだろう。

加えて、「ヴェニスの一日」の原譜には、実は曲ごとに番号は振られていない。それに揃えて書けば、下記のようになってしまうかもしれない。

OP. 25, A DAY IN VENICE
Alba (Dawn) .......................…......... Piano
Gondolieri (Gondoliers) ....................... Piano
Canzone Amorosa (Love Song) ........... Piano
Buona Notte (Good Night) .................. Piano
March of the Pilgrims, for the Knight Templars ............. Piano

こうなると、編成は全く同じで作曲(出版年)も同じ曲が五つまとまることになり、「ヴェニスの一日」は五曲でワンセットだ、と思ってもしかたがない。

この仮説は、まったく私の想像である。
出典とされている「Thompson辞典」は見つけることができなかったし、もしかしたら原譜とされる楽譜よりも前に、五曲あるバージョンが存在したのかもしれないから、事実は全く異なるかもしれない。

しかしこれ以上のことは今回わからなかったため、五曲説発生原因の仮説として、とりあえずまとめてみた。
新たな情報を持っている方がいらっしゃったら、ぜひ教えてくださるとありがたい。

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