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太陽の船・月の鳥 忘れ去られた太陽信仰

 2022年末頃、N会様からの委嘱を受けて、2023年2月に完成し、同年9月に初演となったマンドリン合奏曲「太陽の船・月の鳥」について、作曲経緯やテーマについて解説していきます。

テーマを太陽とする

 私が作曲の委嘱を受けた際に大事にしたいことは、「その人・団体から委嘱されなかったらその曲は生まれなかった」という必然性を作品に持たせることです。

 以前、レヴァンテ ・マンドリンオーケストラ様から委嘱を受けた際は、風の名前を冠する団体ということで曲のテーマも風に関連するものとし、「風のステラ」という曲が生まれました。

 そして本曲では太陽をテーマとすることにしました。その理由はN会様の団体名の由来によります。

 N会のNとは、主宰者のN.N氏にちなんでいます。そこで私も、N氏のお名前にちなんだテーマにすれば、N会様からの委嘱だからこそ、という必然性が生じると思いました。
 主宰者N氏のお名前から漢字の「日」の字、すなわち「太陽」をテーマにすることは、全く迷うことなく決まりました。

どんな展開・内容にするか?

 N会様との打ち合わせの末、曲の長さは10分弱、雰囲気は「明るく華やか」であると良い、ということになりました。

 すぐに思いついたのはお祭り系の音楽で、「太陽」と「祭り」という要素は非常に相性が良いと思いました。

 曲の構成上、10分の曲となるとどこかでテンションの谷ーサゲの部分が無いと飽きてしまいます。祭りのサゲとは祭りの中断に他ならないことで、私の想像力はその中断の理由を、どうもネガティブな方向にもっていきたがります。

 先方によれば「明るく華やか」ではない部分もあってもいい、とのことでしたが、テンションを下げるための場所であっても、暗さや悲しさは今回は必要ではないな、と私は思っていました。

 そこで出てきた発想が、太陽の運行をそのままなぞったような音楽を作って、サゲに当たる部分は夜・月の世界として、悲しさではなく美しさを強調するような構成にすれば、テーマ・構成が、表現したい雰囲気と齟齬を起こさないのではないかということです。

太陽の運行に人は何を見てきたか

 太陽は、古くから神話や信仰の重要なモチーフでした。

 ギリシア神話のアポロン、エジプト神話のラー、日本の天照大神などなど、太陽を人の形をした神として崇めるという信仰は世界各地に見られます。

 しかし、自然現象や自然物を人型の神として表現するというのは比較的文明が進んだ考え方で、ある種、人間にとって理解できる形にその存在を押し込んでいる、とも言えます。

 それよりもっと前の時代、つまり太陽を人間化してはいなかった時代、人は太陽がなぜ昇りなぜ沈むのか、豊かな想像力で理由を探しました。

 太陽はなぜ動くのか、世界各地の信仰を大まかに分けますと、

①鳥が太陽を動かしている
②馬車が太陽を動かしている
③船が太陽を動かしている

といった3パターンが多く見られます。

 今回私はその中から、③船が太陽を動かしているという説を用いることにしました。

太陽船信仰

 太陽船信仰は古代エジプトのものが有名ですが、日本にもそれを連想させる壁画が発見されています。

 それが福岡県うきは市にある珍敷塚(めずらしづか)古墳壁画で、船を操作する人の頭上に、太陽と見られる大きな同心円文が描かれ、夜の世界かと思われる方向へ進んでいる…というものです。

↓珍敷塚古墳関連サイト

 この壁画には、夜の世界と思われる箇所にカエルが二匹描かれており、古代中国の「月にはヒキガエル(蟾蜍)が住んでいる」という信仰との符号、そして船の舳先に鳥が一匹止まっているという点は「導くもの」としての鳥の性格も連想することができます。


 話が脱線しますが珍敷塚古墳には面白い話があります。
 珍敷塚古墳や壁画が「発見」され話題になったのは1950年のことですが、その発見以前からその周辺の小字(こあざ)は珍敷塚という地名でした。
 一説には、壁画はもっと古くに発見されていて、それゆえ珍しい塚、珍敷塚という地名がつけられたものの、埋め戻されたことにより次第に壁画の存在は忘れられ、時を経て1950年に再発見されたのでは…と言う説があります。

導く鳥

 鳥は古来より、人に何かを知らせたり導く役割を神話の中で担ってきました。

 例えば旧約聖書の「ノアの箱舟」の物語では、大洪水の後に水が引いたか確認するために鳥が使われています。

 日本神話の「国生み神話」でも、イザナギ・イザナミに国生みの方法のヒントを与えるのは鳥です。

 本曲のタイトルが「太陽の船」だけでなく「月の鳥」と付いているのは、太陽の船を、鳥が月(夜)の世界へと導いていく、という神話的なモチーフに目配せをしているからなのです。

 ちなみにこの鳥が何の鳥かは特に決めていません。日本の神話に登場するセキレイでも、旧約聖書に登場するハトでも、人それぞれイメージに合う鳥を当てはめて考えていただければ、と思います。

太陽の運行を音楽でなぞる

 全体的に注意したのは、盛り上がりや盛り下がりのなだらかさです。太陽の運行には、日食を除けばそこまで劇的な変化は起こりません。

 とはいえ人間視点で言えば日の出と日の入りは常に印象的で、そこは音楽的にもわかりやすい変化は与える必要はあります。
 それ以外の、具体的には日の出〜南中〜日の入りの推移では、あまりガラリと音楽の雰囲気が変わるのは不自然なので、今回は「ジワジワ」盛り上がったり盛り下がるということを意識しました。

 日の入り以降、曲は夜の世界に入って行きます。
 その冒頭でマンドリンソロが出てきますが、これは導く鳥のイメージです。このソロフレーズから察するに、先ほど鳥は何でもいいと書きましたがカラスではなさそうです。

 夜の世界ー日没後の世界は、日中とは正反対の暗い音楽にすることもできますが、冒頭にも書いた通り「明るく華やか」が必要だったので、今回は月が綺麗に出た夜の航海、というイメージにしました。
 となると太陽の曲なのに太陽が沈んで不在になるので、タイトルが「太陽の船」だけでは中間部の意味が通らなくなる…ということもあり、この点でも「月の鳥」はタイトルとして無くてはならない要素でした。
(ちなみに「太陽の船・月の鳥」と、「・」で繋いでいるのはSNSでハッシュタグを付けたときにタイトル全体がタグとして機能するから、という側面があります。スペース(空白)や「、」だとその手前までがハッシュタグのワードだと認識されてしまいます。)

 そして夜の後は当然朝がやってくる、ということでギラギラっとした光とともにまた太陽が姿を見せます。
(このギラギラ感は高い半音のぶつかりによって表現してみました)
 そして再び、太陽は最も高く昇っていきフィナーレへ…という構成になっています。

終わりに:良い意味での「ゆるさ」

 「太陽の船・月の鳥」を振り返ってみて感じるのは、良い意味でのゆるさ・遊びです。
 シリアスな雰囲気もなく、メロディもおおらかで伸び伸びと弾けるタイプの曲です。
 この点は、この委嘱の数か月後に富山大医学部薬学部ギターマンドリンクラブ様から委嘱されて作った「虹龍山嶺」の引き締まった音楽性と対照的だったので、余計そう感じる面もあるかもしれません。

 「ゆるみ」・「しまり」という曲の性格を分けた要因は、もしかすると委嘱の際のやり取りの雰囲気にもあったかもしれません。

 かたや学生団体、かたや社会人団体ということで、やり取りの文体には違いがありました。
 簡単に言えば、学生らしい真面目でかっちりとした文体と、ベテランの余裕のある文体という違いでしょうか。

 頼まれて曲を作る際は、誰が弾くのかというような、相手に関する情報を思い浮かべて作ることが多いです。今回はすべてメールでのやり取りだったため、その文体が依頼者の主たる情報として機能したという可能性はあるのではないか、と思います。

 どなたがどんな風に依頼するのかという点も、どんな曲が出力されるのかを左右する変数なのだと思います。変わった文章を書く方が依頼したら、変わった曲が生まれるかも…?


 というわけで、作曲経緯やテーマについてのご紹介を終わります。
読んでくださいましてありがとうございました!

参考図書

松村一男・渡辺和子 編(2002/2003).『宗教史学論叢7・8 太陽神の研究 上・下』.リトン

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