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No Disco Cityから考える、高野政所の言葉とグルーヴの20年史

高野政所です。
今日44歳になりました。気づいたら音楽活動もたぶん25年くらいになるかと思うのですが、自分の音楽は「いい意味でバカ」「頭おかしい」「狂ってる」「普通にかっこいい」などと評されることはあっても、こうした形でちゃんと考察してもらえるということは皆無でして、雑誌みたいに一過性のものがずっと続いてる感じだったのですが、長らく様々な活動を共にしている友人、アボカズヒロ君がこういった形で論をまとめてくれたので、こちらに公開させて頂きます。
自分の過去の映像など、恥ずかしくて自分では見たくない映像なども盛り込まれておりますが、こうやってひとつの形になったことは最高の誕生日プレゼントとなりました。
ここにアボくんにお礼を述べたいと思います。

DJ、ラジオのしゃべる人、旧アシパンの店長、FUNKOTの伝道師、前科おじさん、最近では大麻おじさんとしての僕の活動を断片的に知っている方もいらっしゃると思いますが、せっかく大切な友人がこうして書いてくれた僕の音楽の考察、ぜひとも読んでいってください!
なにしろ自分で読ませてもらって気付くことが多かったです!
では、以下からお読みください!!

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【本編】No Disco Cityから考える、高野政所の言葉とグルーヴの20年史 
文:アボカズヒロ

No Disco City。吉幾三の代表曲「俺ら東京さ行ぐだ」の声をカットアップ/コラージュして制作されたこの曲は、高野政所を代表する楽曲といっても過言ではないだろう。海賊サンプリング曲のリミックス(もしくはバージョン)というのも、なかなかねじ曲がった概念ではあるが、高野政所のライフワーク的に定期的に作られていたNo Disco Cityの様々なバージョンを集めたベスト盤がリリースされるということで、2021年の今、No Disco Cityを通じて、高野政所の音楽とはなんなのか?というのを今一度考えてみたい。

・高野政所、そのキャリアの始まり

 この文章に辿り着いている人に高野政所の経歴を今更説明する必要もないとは思うが、一応高野政所の略歴に軽く触れておく。
 
 90年代に電気グルーヴの洗礼を受けた高野政所は1995年に音楽制作を開始。Roland MC-50というシーケンサーとKorgのDTM用の音源モジュールX5DRを用いて制作を行っていた高野政所だったが、ボイスやブレイクビーツを入れたいという一念でYAMAHA SU10という人生初のサンプラーを購入した。


↑高野政所、テレビ初出演時の映像。
高橋幸宏、スチャダラパー、みうらじゅんという「テクノ、日本語ラップ、サブカルチャー」それぞれのオリジネーターに後押しされる形でキャリアがスタートしているのも感慨深い。また、K-POP旋風前夜のこの当時に、既に韓国のアイドルやヒップホップをチェックしたり、アジア音楽に対するまなざしがある事にも注目したい。そして、何を隠そう日本のテクノアーティストで韓国ではじめてライブを行ったのはレオパルドンなのである。当時、韓国で日本人アーティストの楽曲は発売されない状況にあったのに関わらず、である。ちなみにみうらじゅん氏にはその後、ファーストキスを奪われることになる。

・はじめにボイスサンプルあり。


 はじめてサンプリングしたものはドラムや楽器ではなく、サンプラーとテレビを接続して適当に録音したテレビショッピングの音声「安眠ヘルス磁気まくら」というワードだった。この「安眠ヘルス磁気まくら」というワードをループ再生しているうちに、グルーヴ感を見出して、そこにビートを入れたくなった、というのが高野政所の創作の出発点だった。面白いポイントとしては、ビートやトラックがあって、そこにボイスを乗っける、というのではなく、まずはボイスのグルーヴありきでビートを乗っけたという事だ。

 これは高野政所の音楽を語る上で非常に重要なポイントだ。

 ビートやトラックにボイスを乗せるというよりは、まず、言葉をループした時に生まれる調子や声色から生まれるグルーヴ感、このグルーヴを「見出す」行為が先立ってあり、そこで見出されたグルーヴに寄り添う形でビートを加えるという制作プロセスは些細な違いのようで、仕上がりに大きな違いをもたらす。

 それはゼロ年代の終わりにニコニコ動画上で流行した”IKZOブーム”(No Disco Cityと同様に”吉幾三 - 俺ら東京さ行ぐだ”の音声を既存の楽曲とマッシュアップした同人作品、MAD動画を発表するムーブメント)時に発表された諸作品とNo Disco Cityを比較することでも顕著に浮かび上がってくる。ニコニコ動画でのIKZOブームは、既存曲に吉幾三の「ハッ」「あ、そーれ!」「そうしましょ!そうしましょ!」などの声をマッシュアップするものが多く、その場合の吉幾三の扱いは言ってみれば「合いの手」的で、あくまで「味が濃い添え物」的なものだが、No Disco Cityのそれはあくまでグルーヴを引っ張って行くのは吉幾三のボイスに他ならず、ビートやシンセは「吉を加速させるための装置」として機能しているというのが大きな違いと言える。ちなみに、ニコニコ動画におけるIKZOブームについて高野政所はこう語っている。

「僕がいくつか聞いたことがあるのは、既存曲にボーカルを乗せるマッシュアップが多く、刻んだり伸ばしたりという加工があまりないように感じました。僕はボイスを刻んでグルーヴを出す事に主眼を置いているので、当時のIKZOブームにはほとんど興味がありませんでした。
なので、IKZOブームの時は全く知らない世界ではやっているな、という感じで傍観していました。」

 はたから見ると同じような事をしているようだが楽曲におけるグルーヴの主従、ボイスサンプルとトラックのどちらにグルーヴの主導権を置いているのかというところに明確な違いがある。また、ここで出てくる「僕はボイスを刻んでグルーヴを出す事に主眼を置いているので」という言葉にも出てくる「刻み」という要素もまた、高野政所の作風を語る上で無視できない要素だ。

・ナードコアとファンクネス


 ここで一度ナードコアから視点をグッと引き、サンプリングミュージック全般まで視野を広げて、その中で高野政所の音楽をどのように位置づけることができるかを考えてみよう。高野政所が用いるようなサンプルの連打はマシンガンサンプルと呼ばれ、サンプラー黎明期からよく用いられてきた手法だった。言うならば、サンプラーを買ったら一番はじめに試すような「連打」という単純な行為だが、実は以外に奥深く、この「音を全く同じように連打する」という行為自体は音のデジタル録音/再生という事が可能になった1983年以降に登場した比較的新しい音の表現だ。

 似たような音楽表現には、アナログのテープを編集しておこなう「テープエディット」がある。自然界において、例えば太鼓を連打した場合、実際には1回1回叩くニュアンスや空間の反響、その他様々な要因によって厳密に”まったく同じ音”が繰り返し再生される事はない。しかし、デジタル録音/再生することで、完全な再現性を持った「連続音」を作り出す事ができた。これは、自然界では聴く事が出来ない音だ。これを一部では音の”マシンガン効果”と呼ぶ。この、自然界に存在しない音響効果を人の脳は違和感として感知し、その事が音に対するフックになるのだ。


↑テープエディットによる連打効果の一例 Chaka Khan - I Feel for Youの冒頭部

 サンプリング音楽を考える上で、絶対に無視できないのはヒップホップの存在だろう。ヒップホップ以前のサンプラーの使い方はYMOやアートオブノイズなど、一部の意欲的で先進的なアーティストを除くと、生楽器のサンプルを用いて既存の楽器の代用品だったり、プリセットが充実したシンセサイザー的に使用される事が多かった。そんな中、ヒップホップの連中は、サンプリングした全ての音を「リズム」として扱った。いわゆる”ビートメイク”という概念の誕生である。この概念は楽器の演奏能力や楽理の教養を飛び越えた音楽制作を可能にし、「非音楽家の音楽」としてのヒップホップを生み出した。そして、その源流にはジェームズブラウンの「ギターも声もラッパも全部ドラムだ」というファンクの哲学があるのは言うまでも無いだろう。そして、その思想はまさに「全ての音はドラムだ」をドラムマシン型のユーザーインターフェースで体現したサンプラー「AKAI MPCシリーズ」やE-MU SP1200の登場や、音を刻み、並べ替えてフレーズを作るチョップアンドフリップという手法の発見によりヒップホップに継承され、現在も生き続けている。



 また、同時期の打ち込み黒人音楽であるシカゴハウスでもまた、マシンガンサンプルはしばしば使用され、高野政所もその影響を公言している。言うまでもなく、シカゴハウスにおけるボイスサンプルの連打も「全部ドラムだ」の先にあるものである。


また、若き日の高野政所に多大なる影響を与えた1曲としては、1997年にCristian VogelがベルリンのTRESORからリリースし、当時石野卓球氏も自身のDJ MIXに収録したCristian Vogel - (Don't) Take More (Jamie Lidell Remix)も無視できない。


 この曲の高野政所バージョンとして、ブルースリーの怪鳥音をサンプリングして作られたものが、高野政所の初期の名盤「李許sp」に収められているその名も「Don't Think Feeeeeeel!! 」だ。


↑手法としては、この段階でNo Disco Cityに繋がる作風が確立されているのが見て取れる。

 前置きが長くなってしまったが、つまり、高野政所の音楽においては「吉幾三もブルースリーも全部ドラム(リズム)」なのだ。元ネタをあまり刻まない、所謂「リアレンジ」に近いようなタイプのナードコアと高野政所の音楽の決定的な違いはそこにある。誤解を恐れずにいうならば、高野政所のナードコアはJB由来のファンクの末裔であり、ヒップホップやシカゴハウスといった黒人ダンスミュージックの異母兄弟なのだ(父はJB)。そしてJBのファンク遺伝子は高野政所が近年傾倒しているインドネシアのJUNGLE DUTCHなど、アジアのダンスミュージックにも受け継がれている。ファンキー!

・活動最初期の高野政所


 さて活動最初期はSU10で言葉をループすることで、そのワードが持つグルーヴを「見出していた」高野政所だったが、程なくして制作環境をPCに移行する。PCを用いた音楽制作といっても、今のようにツールが充実しているわけでもないし、PCのスペックとしても現代のスマホの足元にも及ばないような非力なものだった。

 プロ用の音楽制作ソフトも今に比べて高価だった当時、高野政所が制作ツールに選んだのは、Mod Trackerというフリーソフトだった。Modというのは元々はAMIGAというコンピュータ用に開発された音声データ形式で、演奏データと音色データを1つのファイルに格納するものだったが、これを使う事で、お金をかけずとも民生用コンピュータを大容量サンプラー化することができた。メモリ容量が数メガの簡単なサンプラーは安価になってきた時代ではあったが、大量のサンプルを扱う事ができる大容量のサンプラーはまだまだ高価だった時代、いかにModが革新的だったか想像することが出来る。この時期Modは、サンプリング音楽をやりたいけれども金が無い若いクリエイターたちの間で評判が広まり、レオパルドン以外にも日本のナードコアシーンでは愛用者は多かった。

・Modと出会い、民生用PCとフリーソフトで作った音楽でチャートイン


 PCで制作を行うようになり、よりサンプルの細やかな編集が可能になった高野政所は、サンプリングしたボイスのグルーヴを見出すだけではなく、エディットによってそのグルーヴをよりデフォルメして全面に打ち出す作風を確立する。1stアブラム(レオパルドン用語でアルバムの事)の「Cake or Girl」は、この時期の集大成的作品といえるだろう。余談ではあるが、この作品はタワーレコード新宿店のインディーズチャートで2位を獲得したのだが、おそらく、民生用のPCとフリーソフトのみを用いて作られた作品がチャートアクションした最初の例と思われる。(この件に関しては追跡調査が必要なため、断言は避けます。)そういう意味では日本のポピュラー電子音楽史においても、フリーカルチャー的視点から見ても意義深い作品と言える。

・No Disco Cityの誕生

 そしてこの時期、いよいよNo Disco Cityが制作されることになる。初出は99年リリースの田舎EP、その後、一番良く知られているであるバージョンであろうアルバムバージョンが2000年に制作され、2001年にリリースされたCake or Girlに収録されることになる。この曲が出来た当初の事を高野政所は以下のように語っている。

「小さいころに聞いていて印象深く面白くて大好きな曲だったのと、「俺ァ東京さ行ぐだ」の中に「ディスコもねえ」という歌詞が入っていたのを覚えていて、テクノといえば、クラブやディスコでかかる音楽なので、それを使ってみたら面白いと思いました。
あの鳴らし方が出来上がった瞬間は一人で爆笑してずーっとループしていました。」



 色々なものをサンプリングして音楽を作ってきた高野政所だったが、吉幾三の声についてはより一層強い手ごたえを感じていたようだ。実は高野政所は今まで制作したナードコアのほぼすべてのModデータを保存しているのだが、その中には、後に違うネタを乗せてリリースされたが、当初は仮歌的に吉幾三のボイスサンプルが乗っかっていたものも存在している。当時、とにかくボイスサンプルのグルーヴから曲を作っていた高野政所は、まずボイスありき、ということでネタが決まらなかったら一旦吉幾三で打ち込んでからトラックを作り、そこから吉幾三を抜いて、改めて別なネタを当てはめる、という作り方で制作していたらしい。高野政所曰く「仮で吉入れしておく」状態だったと。具体的にいうと、アルバムの表題曲「Cake or Girl」は元々「No Disco Trance」というファイル名で、No Disco Cityのバリエーションだった。このあたりから、後のインドネシアダンスミュージックとの共通点ともいえる「ボイスサンプルをネタではなく、1種の楽器、音色として使う」というスタイルへの予兆が見て取れる。ジミヘンのギター、ハードフロアの303、政所の吉ということだ。この時点で、No Disco Cityは「俺ら東京さ行ぐだ」のブートリミックスではなく、「吉」という音色を使ったテクノ、という意識だったと思われる。ちなみに、吉幾三のボイスに関する思い入れについて、高野政所はこのように語る。

「津軽なまりのイントネーションの良さと、ジャストなグルーヴ感ですね。それと何を言ってるかハッキリと聞こえる所が何よりも大事です。
音色としては、ガラガラ声のおじさん声というのが一番好きでアタック感もあるし、その後、贅沢ホリデイズ「節子」のチョップスティックさん、「このDJヤバくない」のえんじょうじさんなども「汚いおじさんの声」という意味で僕の嗜好性が出ていると思います。まず日本語として聞き取れる、明瞭に聞こえるというのが大事です。ワードとして強度があり、ループしたり刻んだ時にグルーヴ感が出るな、というのを直感的に選ぶことが多いです。基本的に元ネタを知らないと面白さが全く分からない、というものは僕の中では僕の考えるナードコアの中ではアウトなので「これをサンプリングしてるから面白い」というよりはなっている声や言葉自体が面白いというは重視しています。なので、ナードコアやJ-COREの原曲を早回ししてガバキック入れて、みたいなものは僕は興味がありません。作っている人、好きな人へのディスとして取られると困るのですが、それらはREMIXに近いものであって、ナードコアとしての面白みを感じたことはありません。」

「日本語として聴き取れる」→意味が通じるというのを非常に重んじているのは高野政所の作風を語る上での最重要ポイントだ。それこそNo Disco Cityを例にとると分かりやすいが、言葉の意味が明らかにグルーヴにも影響を及ぼしている部分がある。例えば、「ディス、ディス、ディスコ、ディスコもねぇ・・・」のくだりや、「レーレーザーレーザーレーレーザー」のくだりなどは、「ディスコ」や「レーザー」といった言葉の意味がもつ、アッパーな印象が音楽そのものに勢いを与えている。これが例え、同じビートの上で似た音韻のボイスを乗せていたとしても、そうはならなかっただろう。ここに、高野政所作品のグルーヴ感をひも解く最大のヒントが隠されている。つまり、高野政所作品というのはリズム(タイミング)、音量、音色の三次元で構成されているグルーヴ世界に、「意味」という第4の要素が付加されてグルーヴが4次元化していると表現できるのではないか。さしずめ、グルーヴアセンションとでも言うべきだろうか。その背骨の部分が確立された金字塔的作品が、他ならぬNo Disco Cityであるといえよう。

・高野政所とグルーヴと言葉のその後

 さて、No Disco Cityによるグルーヴアセンションを迎えた高野政所が、その後、言葉とグルーヴについてどのように向き合っていったかを駆け足で触れていこう。2ndアルバム以降のレオパルドンは、高野政所自身がフロントマンとしてラップをするユニット形態となり、サンプリングに加え、日本語ラップという面からも言葉とグルーヴについて向き合って行くことになる。



一部の人の目には大幅な方向転換のように映ったかもしれないが、リズム、声色、意味に重きを置いて、面白いものを作ろうとしていたという点では地続きな活動だった。影響をうけたラッパーがK DUB SHINEというところも、音韻を繰り返すことで作り出すラップのグルーヴ、かつ言葉の意味を重視しているという点で非常に納得できる。このように意味を重視して作品を作っていた高野政所が次のステージに進むのは、インドネシアの高速ダンスミュージック「FUNKOT」と出会った事だろう。

・「関係ねぇー!」の衝撃


 FUNKOTを発見した当時の高野政所が盛んに言っていたFUNKOTの衝撃ポイントとして「曲に関係ないボイスサンプルが入っている」という点は非常に重要だろう。仮面ライダーブラックのテーマ曲のリミックスに唐突に飛び込んでくるパブリックエネミーのボイスサンプルなど、FUNKOTのボイスサンプル使いは「意味」を重視しない。



 その荒唐無稽さ、はちゃめちゃな勢いに高野政所が衝撃をうけたことは想像に難しくない。インドネシア人は、響きが良かったボイスサンプルは何年も使い続ける。それは前述した「仮で吉入れ」に近い感覚で、一番グルーヴが出来るのがそれなら、どんな曲でもそれを使おう、といったマインドから来ていると思われる。つまり、そのボイスがどこから持ってきたネタなのかは既にあまり関係なく、1種の楽器、音色として扱われていたのだ。そこに高野政所がシンパシーを感じるは自然なことだろう。特にその前の数年は日本語ラップを通じて、音と意味とグルーヴの合わせ技で音楽を作る事にノイローゼになるほど真剣に向き合っていたわけで、その反動としての「関係ねー!」は一気に何かが開けるような感覚があったのではないだろうか。

・意味の解体ショー「節子」


 最後に、ナードコア発、インドネシアを経由した高野政所の言葉とグルーヴの旅の現状の到達点といえる作品「節子」についても少し触れておきたい。「節子」は、高野政所曰く「サンプリングを使わずに自分のナードコア感覚を具現化して作った曲」だ。演歌調で曲がはじまったかと思うと、謎の女「節子」にまつわるイナタイナレーションが挿入される。語りはレゲエディージェイのチョップスティックによるものだ。



 場末の飲み屋や人里離れた漁港で繰り広げられる「節子」をめぐるストーリー、これは、完全に「意味が通った」ストーリーなのだが、ひとしきりストーリーが語られた後に挿入される「お前、、、節子じゃねぇか!!!」というボイスで世界は一遍し、それこそNo Disco City以上に様々なやり口でエディットされた「節子じゃねぇか!」というボイスが、これでもかというほど繰り返される。強烈なアシッドテクノやダブステップに変化するトラックの上で、細切れにされた「節子」の「ツコツコツコツコ」という部分や、もっと捻じ曲げられた、もはや文字で表現するのすら困難なボイスエディットが繰り広げられるダンスミュージック部分では、もはや意味や、直前に繰り広げられていた飲み屋や漁港でのストーリーは木っ端みじんに吹き飛んでいる。No Disco Cityは意味でグルーヴを加速していたが、節子では、前段階に演歌にのせたナレーションという、いわば整った意味を事前に自ら提示し、そしてそれを目の前でめちゃくちゃに解体することで聴く人の度肝を抜くという新しい手法を編み出した。まるで意味の解体ショーだ。これは、明らかにFUNKOTのボイスサンプル使いの「関係なさ」や、途中で曲調がまったく変化してしまうダウンビートという概念を経て熟成された高野政所なりの、言葉とグルーヴ、そして意味というものに対してのひとつの回答なのだと思う。

 一見すると、時代によって全然バラバラな事をしていた高野政所だが、その実は、言葉の響きと意味とグルーヴという点についてその時期その時期なりのアプローチで取り組み続けているアーティストだといえるだろう。そして、そのグルーヴの探求は、これからも続いていく。

 最後になるが、今回の文章のために高野政所にいくつかの質問に答えてもらったので、そちらを末尾に掲載して、この原稿を終えようと思う。

おまけ No Disco Cityをめぐるいくつかの質問。


Q1、政所さんが最初に作った曲と、その制作方法をおしえてください。また、曲の作り方が分からない頃に参考にした曲や「最初は○○みたいな曲を作ろうと思った」みたいな曲が具体的にあればあわせて教えてください。曲が作れるようになるまでの試行錯誤エピソード的なものもあったらあわせて伺いたいです。

A1、最初に作った曲は覚えてないけど、最初にサンプリングした言葉は覚えてます。サンプラーYAMAHA SU-10を買った当日にすぐにテレビにつないで適当に回して録ったのがテレビショッピング系の番組(おそらく日本文化センター)の中で売っていた商品「安眠ヘルス磁気まくら」ってワード。
それをループしてるうちにグルーヴ感を見出して、ビート入れてみたのが始まりだったと思います。
それまではDTM用の音源モジュール(KORGのX5DR)とシーケンサーROLAND MC50だけで作っていたので、ボイスが入れられる!ブレイクビーツが入れられる!と興奮していました。
それからメガドライブのゲーム「火激」の「なめんなコラ!」的なのをサンプリングしたり、自分の好きな昭和の特撮ヒーロー番組の主題歌やセリフをサンプリングするようになりました。

Q2、そもそも吉幾三のボイスサンプルを使ってみようと思ったきっかけは何ですか?

A2、単純に小さいころに聞いていて印象深く面白くて大好きな曲だったのと、「俺ァ東京さ行ぐだ」の中に「ディスコもねえ」という歌詞が入っていたのを覚えていて、テクノといえば、クラブやディスコでかかる音楽なので、それを使ってみたら面白いと思いました。
あの鳴らし方が出来上がった瞬間は一人で爆笑してずーっとループしていました。

Q3、最初のNo Disco Cityが完成する以前に、吉幾三のサンプルを使うことにチャレンジしたことはありますか?

A3、ありません。

Q4、政所さんが考える、吉幾三のボイスサンプルの魅力を教えてください。(ワード面、音色面両面からあるかと思います。両面からの話を伺えるとうれしいです)

A4、津軽なまりのイントネーションの良さと、ジャストなグルーヴ感ですね。それと何を言ってるかハッキリと聞こえる所が何よりも大事です。
音色としては、ガラガラ声のおじさん声というのが一番好きでアタック感もあるし、その後、贅沢ホリデイズ「節子」のチョップスティックさん、「このDJヤバくない」のえんじょうじさんなども「汚いおじさんの声」という意味で僕の嗜好性が出ていると思います。

Q5、ナードコアにおける、ネタの面白さとダンスミュージックとしての強度のバランスのような観点で、普段から考えていることなどあったら伺いたいです。

A5、まず日本語として聞き取れる、明瞭に聞こえるというのが大事です。ワードとして強度があり、ループしたり刻んだ時にグルーヴ感が出るな、というのを直感的に選ぶことが多いです。
基本的に元ネタを知らないと面白さが全く分からない、というものは僕の中では僕の考えるナードコアの中ではアウトなので「これをサンプリングしてるから面白い」というよりはなっている声や言葉自体が面白いというは重視しています。
なので、ナードコアやJ-COREの原曲を早回ししてガバキック入れて、みたいなものは僕は興味がありません。作っている人、好きな人へのディスとして取られると困るのですが、それらはREMIXに近いものであって、ナードコアとしての面白みを感じたことはありません。


Q6、自分以外の作品で、No Disco Cityや高野政所のナードコアに通じると感じる音楽、シンパシーを感じるものがあれば教えてください。国内、国外でそれぞれあれば、それぞれ知りたいです。

A6、国外のジャンルであれば、シカゴハウスです。またバイレファンキを初めて聞いた時にはナードコア感を感じました。その後、ファンコットなどでもボイスサンプル部分に似たようなものを感じましたが、基本は魔改造REMIXになり、また少し文脈が変わります。
近年のジャングルダッチ(インドネシアの新興ジャンル)はボイスの刻み方などにかなりのナードコア感を感じます。
国内ではやはり電気グルーヴでしょうか。

Q7、吉幾三さんのボイスサンプルは、その後ニコニコ動画きっかけで”IKZO”としてミーム化しましたが、その中に高野政所が良いと思った「吉使い」はありましたか?なかった場合には、ご自身の「吉使い」といわゆるIKZOカルチャーの「吉使い」には技術・音楽性的にどのような違いがあると思いますか?

A7、僕がいくつか聞いたことがあるのは、既存曲にボーカルを乗せるマッシュアップが多く、刻んだり伸ばしたりという加工があまりないように感じました。僕はボイスを刻んでグルーヴを出す事に主眼を置いているので、当時のIKZOブームにはほとんど興味がありませんでした。
なので、IKZOブームの時は全く知らない世界ではやっているな、という感じで傍観していました。

Q8、吉幾三さんのボイスサンプル以外に、高野政所がご自身の「楽器」として気に入っているボイスサンプルはありますか?

A8、楽器とまではいきませんが、FUNKOTを構築する際の定番ボイスサンプルというのはあります。とりあえず入れてみるとグルーヴ感が出る、というのはあります。

Q9、ナードコアを作る上で「このボイスサンプルは使える。良い。」と判断する際に高野政所なりに重視しているポイントを教えてください。

A9、元ネタとなる作品は思い入れがあればあるほど良いですが、最近はそこまでこだわりはなくなりました。
昔は思い入れ先行で作ることが多かったのですが、今は、まずは言葉として響きが良いことです。グルーヴ感を見出す事ができリズム感が良いこと、その言葉のループだけでおかしみ、面白さを感じられること、アタック感が強い言葉、弱い言葉があるのですが、まずはボイスサンプルありきでそれにふさわしいトラックに作っていきます。

Q10、No Disco Cityが収録された田舎EPをリリースした当時の周囲の反応などはどうでしたか?今ではレア盤になっていますが、当時、発売からすぐにレコードは売り切れてしまったのでしょうか?

A10、身内で「面白いから」ってだけで出したんだけど、当時、多分200枚-300枚で、委託で売ったんだけど、結構あっという間にはけた気がします。shop 33.全国のCISCO、名古屋メガミックス、福岡のレコード店(店名失念とのこと)で委託販売していて、割と全国にいきわたっていたはずです。自分がライブする時くらいしかクラブで聞かなかったけど
いわゆる当時のカッコいいテクノのメインストリームとかではかからなかくて、各地にあったアンダーグラウンドでは結構かかってたらしいという事をずっと後に知りました。また、当時リリースしたレオパルドンのアナログを、Yellow(90年代から2009年まで西麻布に存在した、日本を代表するアンダーグラウンドクラブ)で石野卓球さんがプレイしていたという話を15年以上経ってから本人から聞きました。

Q11、もし吉幾三さんのオフィシャルでNo Disco Cityを作れる機会があったとして、吉さんのボーカルを録りおろしで作ることも、当時の音源をサンプリングして作るのでどちらでも選べるとします。今でしたらどちらの制作方法を選びますか?

A11、もちろん新録で。もし可能なら言って欲しい言葉など入れることができれば最高です。

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以上がアボカズヒロ氏による「No Disco Cityから考える、高野政所の言葉とグルーヴの20年史 」です。
いかがでしたでしょうか?

せっかくこういった考察をもらったので、僕としても何かシェアしようと思います!

というわけで、NO DISCO CITYのあらゆるバージョン、そして吉幾三サンプリングネタ楽曲をコンパイルしたデータをこちらにアップいたしました!
全10曲入り吉アルバムです。

ここまでサンプリング音楽で活動できたことへの感謝と、そしてサンプリング元ネタであり、今まで黙認し続けてくれた偉大なる吉幾三先生に最大限の感謝と敬意をこめて!

高野政所 第44回生誕記念”吉アルバム”LEOPALDON「No Disco City The Ablum」です。
こちらからダウンロードしてください!(google driveを使用しています)

ここをクリックしてダウンロード画面へ!


あ!思い出した!

最初に書いたんだけど、俺、誕生日なんですよ。
今年はコロナで特に誕生日的イベント的なこともしないで、パソコンの前でこれを書いているんですけど、もし、この記事が面白くて音源もDLして、財布に若干の余裕があったら課金してくれたり、サポートしてくれたりすると異常に助かります!!!!!よろしくお願いいたします!
もし、課金/サポートしていただいたお金はアボ君と分けようと思いますので、もしよかったら、投げ銭して頂けると幸いです。風の時代なので!


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