ちょっとそこまで

ふと、どこかへ行ってしまいたくなる病気なのです。
もうそう思ってしまったら、しかたない。
足がふわっと宙に浮いて、まるでスケートボードに乗っているような、
そんな感じでスーと歩いているんだから。
ある時、居ても立っても居られないくなって娘を抱いて家を出た。
イライラはすぐに治る方なので近くで時間を潰すことにしたのだけれど、
その日はどうもうまくいかなかった。
少々時間を潰すだけと思って家を出たもんだから、
ケータイはテーブルに置いたまま。
今日は家に帰りたくないな、なんか遠くにでも行っちゃおうかな。
遠くってどこかな。と考えながら、ドラックストアで娘のオムツを買う。
どこにいこうか、楽しいことしたいな、と考えながら、井之頭公園の橋のあたりを何度も何度も行き来する。
よちよち歩きの娘を追いかけていると、周りの人たちが微笑ましそうに娘を見ていた。
その中の一人に見覚えがあった。昔好きだった人だった。
一瞬、視線が私の顔を通って、お互い何も言わずにすれ違った。
化粧っ気もなくヨレヨレの格好を悔やんだ自分が可笑しかった。
綺麗な姿で再会したらなんだって言うんだい?と太ももにしがみつく娘が言っているみたいだった。
「何にもないよ」と声に出して言う。
振り返ると、彼の背中越しに自分の選ばなかった人生が見えてきそうであった。
くだらないメロドラマの見過ぎだ。
夫と喧嘩した日に、昔好きになった人に会うなんて。
同じ町に住み続けるとそんなこともあるもんだ。
もしかして、私の知らない道で夫も出会っているんだろうか。ふとそんなことを思って、そそくさと家に帰った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?