記憶の彼方に

 今から遙か未来。人類は輝かしい繁栄を享受していた。爆発的な人口の増大も未知のウイルスの登場などがあり、少しは抑えられたが、それでは追いつかず、地球の軌道上に衛星型の繁殖コロニーを打ち上げており、そこに移住する喪のも多かった。コロニーは全部で12ありそれぞれが月の名前で呼ばれていた。つまり5番目ならMayという訳である。
 殆どの未知のウイルスは根絶したと思われたが、新しいウイルスは宇宙空間から持たらされた。つまり繁殖コロニーで発生したのだった。
 そのウイルスに感染すると脳の記憶分野に入り込み、記憶領域を破壊して繁殖を繰り返すのだった。つまりこのウイルスに感染すると人は、それまでの記憶をなくしてしまうのだった。これを人々は記憶破壊のMemory destructionの頭文字を取って「MDウイルス」と呼ばれた。
 それでも人々は対抗作を考える。ウイルスに感染した者で症状の軽い者や未感染の者が予防の為に自分の記憶をバックアップするようになったのだ。人類の技術はそこまで進化していた。そのためには脳にICチップを埋め込む必要があるが、人々はこぞってその手術を受けたのだった。
 Meyコロニーに住んでいる神山雅士は、勤務先の会社の健康診断でMDウイルスに感染している事が判明した。神山は妻と3歳になる娘と住んでおり、コロニーと地球を結ぶ通信回線の会社に勤務していた。彼は家族とも相談の上、記憶のバックアップを取ることにした。ICチップの手術も順調に終わり記憶のバックアップを行う。これはバックアップを行った後はウイルスの治療を行うのだ。これが一連の流れになっている。 
 リクライニングの椅子に腰掛け頭にシールドを掛けられ、左耳の後ろに作られたICチップの接続口に長いコードが差し込まれた
「では記憶のバックアップを開始します。何もしなくて結構です。あなたは意識することなく終わります。そのままリラックスしていてください」
 電脳医師がそう言ってバックアップ装置のスイッチを入れた……。

 神山は清々しい気分で目が覚めた。
「はじめまして神山さん。ご気分は如何ですか」
 電脳医師がシールドを取りながら語りかけると神山は
「清々しい気分です」
 そう笑顔で答えた。
「治療は終わりました」
「そうですか。ありがとうございました」
 神山はそう言って病室に帰された。入れ替わりに神山の妻が入って来る
「奥様、この度はご愁傷さまでした。こちらに来られた時はウイルスが蔓延してしまつていて、既に手遅れでした。記憶領域が尽く破壊されていました。仕方なくICチップに以前バックアップしておいた記憶を入れましたが、それは神山さんが仰るよりも古いものでした。今度のことで家族と相談されてバックアップを取ったというのは既にウイルスに侵されてしまった記憶だったのです」
 電脳医師はそれまでの経過を話して行く。神山の妻は
「それは判っていました。それでもお願いしたのは、あの人の人間性までは変わらないだろうと思ったからです」
 妻はそう言って医師の方を見た。
「今後ですが、少しずつ奥様が望む記憶を植え付けて行きます。なるべく拒否反応が出ないように致しますが、何分にも最先端の治療ですので万が一の時もあります」
「万が一とは死ぬこともあると言うことですか?」
「いえ、命には関わりありませんが、記憶の混在状態。時系列位の不具合が起きる可能性があります。それはご承知ください」
 医師はそう言って妻に誓約書にサインさせた。
「よろしくお願い致します」
 妻はそう言って頭を下げてから夫が居る病室に向かった。病室のドアに手をかざすと登録してある情報を読み取りドアが開いた。中のベッドでは夫が横になってモニターを見ていた。入って来た妻を見て
「やあ、はじめまして。でも何だかあなたとは初対面の感じがしませんね。何か親愛なる者という感じです」
 そう言って笑顔を見せた。夫の神山がバックアップしてあった記憶は妻と出会う前のものだったのだ。
「これからまた一緒に歴史を作りましょうね」
 妻はそう言って微笑むのだった。
そうなのだこれからは自分に都合の良い偽りの記憶だけを植え付ければ良いと思っていた。
 
                   <了>

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