短編小説「つくられもの」 タカハシヨウ

生まれたてのような希望に満ちた気分だ。
おそらく俺の人生にこれ以上の幸福は訪れないだろう。
「……これは大発見だよ。下手をすれば地球の歴史が丸ごと書き換わる」
教授の声が震えている。視線は今日発見された化石に釘付けだ。
「これは間違いなく90億年前の恐竜の化石だ」
恐竜がこの地球に誕生したのは約2億年前とされている。そしてこの地球が誕生したのは46億年前という話だ。つまりこの化石の存在は人類が想定していた歴史を根底からひっくり返す。
もちろんまずは年代測定の結果を疑うところだ。しかし教授が何度試しても同じ答えが出る。隣の研究室の機材を借りて測定し直しても変わらない。しまいには院生である俺にまでやらせ、やはり同じ数字と再会した。
「これは忙しくなるぞ」
教授は自分の名が科学史に刻まれると大はしゃぎで、早速明日には他大学の知り合いにも測定を頼むようだ。
そして喜びと同時に生まれたのは、この化石を失ってしまったら……という恐れだった。
「私は研究室に泊まって見張ることにするよ。もちろん金庫には入れるがね。君もどうだい? バイト代ははずむよ」
貧乏学生にはありがたい提案だ。それに、こんな歴史的大発見の瞬間を目撃できるなんて得難い経験だろう。
「教授、俺は帰ります」
だが、俺は今それどころではない。
俺が尋常ならざる幸福感に包まれていることと、この化石の発見は、全くの別件なのだ。
「は?」
教授がだらしなく開けた口から驚きを漏らしたとき、俺はすでに帰り支度を始めていた。
「ま、待ってくれ! 一人じゃ不安なんだ!」
「すみません、急用なんです」
「いやいや、これ以上の用なんてある?」
ないのだろう、本来は。だが今だけは違う。1秒でも早く家に帰らなければならない事情がある。地球の歴史がどうなろうと知ったこっちゃない。
「失礼します」
「お、おい!」
うめき声をあげる教授を背にして、俺は研究室を飛び出した。
親の遺骨を触るより丁寧な手つきでポケットからスマートフォンを取り出し、先ほど届いたメールを何度も読み返した。


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