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【台湾文学】 バナナボート

バナナボート 〜台湾文学への招待〜
シリーズ:発見と冒険の中国文学⑥
著者:白先勇、張系国 他
監修者:山口守
訳者:野間信幸、下村作次郎、澤井律之、山内一恵
発行者:蓮見清一
発行所:JICC出版局
初版:1991年9月10日

戦後台湾文学が9作品、収録されている一冊。

*2021.8.25読了。台湾文学館にて。


1.読書のヒント
2.ネタバレなしの作品紹介
 鍾理和「故郷」
 白先勇「永遠の輝き」
 白先勇「赤いつつじ」
 張系国「バナナボート」
 張系国「シカゴの裏街」
 施明正「尿を飲む男」
 李昂「G·Lへの手紙」
 李喬「密告者」
 黄春明「戦士、乾杯!」


1.読書のヒント
巻末の解説から、何点か読書の助けとなる情報をピックアップしてみよう。

まず、台湾の文学史を概観する場合には、
おおむね以下の通り3つの時代区分で論じられることが多いとのこと。
(1)1895年以前の清朝時代
(2)1895年から1945年までの日本植民地時代*近年の学術界では「日本時代」が定着
(3)1945年以降の国民党時代

9作品を年代別に分けると以下の通り。
すべて(3)1945年以降の国民党時代 の作品、
つまり、戦後(日本敗戦後)の文学となっている。
 1940年代 鍾理和「故郷」
 1960年代 白先勇「永遠の輝き」「赤いつつじ」
 1970年代 張系国「バナナボート」「シカゴの裏街」
 1980年代 施明正「尿を飲む男」、李昂「G·Lへの手紙」、李喬「密告者」、 黄春明「戦士、乾杯!」
 
◎政治小説… 施明正「尿を飲む男」、李喬「密告者」
政治小説とは、政治的啓蒙を目的として書かれた小説を意味したり、題材に政治を扱った小説を指しているのではなく、台湾社会に存在する政治的なタブーを題材にとった小説のこと。

◎フェミニズム小説… 李昂「G·Lへの手紙」では、世界的なフェミニズム運動の高まりが作品に反映されている。

気になる作品は、見つかっただろうか。どの作品も短編なので、サクッと読めてしまうが、不穏なタイトルもあるため、いつどの作品を読むかという判断は、きちんとしないと後で後悔するかもしれない。


2.ネタバレなしの作品紹介

作者によって、作品のカラーが180度変わってくるのが面白いので、作品を著者ごとに読んでいくことをおすすめする。年代ごと、作者ごとに作品を紹介していこう。

鍾理和「故郷」…高雄市の美濃という地域出身の作者は、客家の生まれであり、客家の風俗が反映されている作品。作者は約8年間故郷を離れて大陸に暮らし、1946年4月に帰郷したのだが、その際の体験が反映された作品となっている。戦後間もない台湾の農村の様子が、かなりリアルに描かれており、人々の生活の息づかいがそこここに感じられる作品。

白先勇「永遠の輝き」…尹雪艶(インシュエイエン)という天性のホステス的な女性と彼女を取り巻く人々のストーリー。尹雪艶は白を体現する女性として描かれており、歳を重ねても若々しい純白の旗袍を好んで着る、少し人間離れしたような主人公だ。解説でも指摘されていたが、白先勇の作品の特徴は、豊かな色彩感覚。尹雪艶の美しさや魅力が見事な色彩感覚、匂い立つ花の描写などで表現されている。彼女に惹きつけられる人々とその変化を追うことで、当時の台湾社会、特に台北という都市部における一部の人々の内面の変化や葛藤を垣間見ることができる。

白先勇「赤いつつじ」…こちらは「永遠の輝き」の白に対し赤を基調とした作品。「永遠の輝き」に出てくる都会の人々とは対極にいるような人物、王雄にスポットライトが当てられ、彼のアイデンティティの葛藤が丁寧に描かれている。ある日大陸の農村で日本軍に壮丁として徴発され、台北に流れてきた男、王雄。戦乱のなか、彼のように不本意にも大陸の故郷を離れて台湾に流れてきた者は多くいた。中盤から終盤にかけてずんずんと胸に迫ってくる作品。

張系国「バナナボート」…この本のタイトルにもなっている作品。原題も「香蕉船」なので直訳。作者はアメリカへ留学した後、科学者となってそのままアメリカで台湾系移民となった人物。本書の解説には「張系国の筆は、いつも弱者に優しい。」とあるが、この一句が端的に表しているとおり、彼の作品には弱者へのあたたかい眼差しが感じられる。
国際線の飛行機に乗ると、ときに思いもかけない出会いがあるものだ。3人の台湾出身者が機内で出会う冒頭のシーンがおもしろく、作品世界にすっと入り込める。

張系国「シカゴの裏街」…9作品のなかで、私の一番のお気に入り。原題は「水淹鹿耳朵」なので直訳すると「水没する鹿耳門」となるのだが、日本の読者向けに「シカゴの裏街」という邦題が付けられている。なんだかジャズやブルースが聞こえてきそうなおしゃれな邦題だ。
「水没する鹿耳門」というのは明代末期、鄭成功軍が鹿耳門という場所から満潮時に台湾島に攻め入り、オランダ人を撃退したという逸話のことだ。この逸話が鍵となるシカゴの裏街のストーリーとは一体?と興味をかきたてて読者を増やしていきたい素敵な作品。

施明正「尿を飲む男」…不穏なタイトルだ。決して美味しいお菓子をつまみながら読んではいけない。獄中のストーリーにもかかわらず、獄中での生活あるいは過ごし方にスポットが当てられているため、そこには生のきらめきを見ることができる。台湾の暗黒時代、白色テロと呼ばれる時代、獄中はどんな様子だったのかということが当事者目線で描かれている。下の話が多いため、読む前にはぜひ心構えを。

李昂「G·Lへの手紙」…G·TからG·Lへ宛てた長い手紙。20歳そこそこの若い女性が、その胸に愛を秘めつつ、大きく成長していく過程が手紙を通して語られる。1980年代の社会の空気感や女性の社会での活躍、夫婦の別居や離婚、そういったものがリアリティを持って語られつつも、ふわっと包み込まれて癒やされるような読了感が味わえる女性作家作品。

李喬「密告者」…ずどんとシリアスな政治小説。深い葛藤の末に主人公はどんな結末に至るのか。戦後台湾社会にあった密告にまつわる事柄を知ることができる作品。台湾の政治的なタブーを学ぶにはうってつけ。密告というテーマを主人公を象徴的人物として描くことでストレートに表現している。

黄春明「戦士、乾杯!」…主人公は記録映画を撮る企画のために台湾各地をまわっていた。三地門から霧台へ向かうトラクターの上で、好茶という村に住む青年、シオンと出会う。好茶(良いお茶)という村名に関心を抱き、シオンについて山奥の村へ行くことにしたのだが…。台湾の原住民族・ルカイ族について見識が深まる作品。
読了後、台湾人にこんな作品を読んだと話したら、驚愕する話を聞くことになった。好茶村は2000年代初頭までに何度も自然災害に見舞われ、建物がほぼ壊滅したことで有名とのこと。

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