見出し画像

神経軸索はただの信号ケーブルではない! #00055

 高校時の物理・化学選択者にとって、大学に入ってからの神経生理学は「生命を物質として解明する」という大きな発想の転換を感じさせてくれた。私が生理学にのめりこんだ原点である「神経」について解説を始めさせていただく。(小野堅太郎)

 歯医者さんへ行くと「神経が死んでいるみたいなので抜きますね。」と言われることがある。「神経が死ぬ」とは「神経が機能しなくなっている」ということであり、「歯髄」という歯の内部空間を埋め尽くす組織中の「歯の痛みを伝える神経線維終末」が壊死していることを想定している。歯内治療を行って歯髄の組織をきれいに取り出して(神経以外の細胞も抜いている)、樹脂製の材料をメインに封鎖することになる。

 しかし、歯髄内部に入り込んでいる神経線維の端っこを切り取ったにすぎないし、歯の痛みは歯の根っこを覆っている「歯根膜」という組織にも痛み神経は存在するため、術後の痛みをコントロールするのはかなり難しい。戦争や事故で手を失った人が「無くなった手が痛い」と訴える「幻肢痛」は一般にもよく知られているだろうが、実は「抜いた歯が痛い」と訴える人もいる。これはどんな名医とされる歯科医師が治療したとしても起こりうる術後痛であり、歯科治療を離れて「疼痛専門外来(ペインクリニック)」の対応となる。

 なぜこんなことが起こるかというと、この場合、神経線維という配線の一部が切断されたからである。脳と前歯を繋げていた神経線維の前歯側を切ったとしても、前歯に繋がっていた神経線維は残っているので、そのどこかに刺激を受けると「神経を抜かれた前歯が痛い」と感じてしまうのである。この神経線維のメイン部分を「軸索」といって、「活動電位」なる不思議な電気現象により伝導してしている。

 脊髄・延髄から出力する末梢神経だと、長い軸索は1mにも達します。口腔顔面部は「脳神経」と言われる末梢神経が軸索を伸ばしています。え、脳神経が末梢?となった人は、解剖を勉強しなおしてください。脳神経は脳ではありません。脳や延髄、脊髄が中枢神経系であり、末梢神経からの情報を統合し、末梢神経へ情報を出力する場となります。

 さて、電線は電気を遠くにまで運ぶことができます。インターネットの末端は金属線によって信号(0/1)を伝えています。では、金属線ではない細胞がどのように電気信号を伝えているのでしょうか。金属はその構造上、自由電子が存在しており、電圧をかける(電流を流す)ことで電子を押し出すようにして電気を流しているわけです。軸索は、細胞の一部がビヨーンと伸びて線維状になったもので、金属ではありません。

ケーブル特性

 本シリーズは6回あります。第一回のテーマは、「ケーブル特性」です。神経をまずケーブルに見立てて電気の伝わり方を理解しましょう。ケーブルは内部に「電気を流れにくくする抵抗」があります。ですので、刺激された部位から遠ざかるにつれ、電気のエネルギーは小さくなっていきます。この時、ケーブルを太くすると「電気が流れやすくなる」、すなわち抵抗が小さくなります。ということは、同じ電気刺激をしても径が太いと遠くにまで電気が伝わるようになります。

 神経軸索も径が太い神経は伝導速度が速く、径が細い神経は伝導速度が遅いという性質があります。しかし、軸索径に依存した抵抗変化は、神経の種類による100倍もの伝導速度の違いを説明できません。「活動電位action potential」と呼ばれる興奮性細胞だけが持つ特殊な電気信号の解明が必要でした。この話は、次回です。お楽しみに。

 下記の動画では、ケーブル特性を模式図とアニメーションを使って説明しています。電気生理学の入り口ですし、神経シミュレーターの基礎でもあります。小・中学校の「理科」でのオームの法則がわかっていれば理解できるかと思います。ちなみに、オームの法則は

 電圧(V)= 電流(I)× 抵抗(R)

 です。電圧というのは電気を流そうとする力、電流とは電気の量、抵抗とは電気の流れにくさです。同じ金属線(一定抵抗)に、わずかな電流を流すならわずかな力(電圧)で十分ですが、たくさんの電流ならより大きな力が必要になります。次に、抵抗の低いR1と抵抗の高いR2という金属線があったとします。そこに一定の電流を流そうとするとR1は小さい力(電圧)で流せますが、R2には大きな力が必要です。では、一定の電圧をかけたとします。抵抗が低い金属線にはたくさん電流が流れますが、抵抗の高い線には電流があまり流れません。動画では、水とホースの関係で説明しています。

00:23 本編スタート
01:33 神経の構造について
05:02 ケーブル特性(模式図)
06:18 ケーブル径が太くなると抵抗はどうなる?

補足・訂正

 インターネットが金属線でできてると言っていますが、光ケーブルですね。家庭内も光にかなり置き換わってきました。

動画クイズの答え

 YouTube動画エンディングのクイズの答えは、「同じ」。

 ちょっとイジワル問題でしたね、すみません。どこを走るかで速度は変わります。基本的に電気(電子の流れ)は光の速度(30万km/s)と同じです(真空中)。電波も同じ速さで伝わります。とはいえ、流れる場所に障害があって流れにくいと速度は下がります。光ファイバーの中での光の速度は20万 km/sと下がるようです。銅線ケーブルに伝わる電気ですが、これは電子全体の動きの総和になります。漫画では電線を電気が伝わる様子を、バチバチと稲妻が走るような描写でされますが、銅線の中に抵抗がありますからかなり遅くなります。ですので、電気を押し出す力(電圧)にも依存します。

全記事を無料で公開しています。面白いと思っていただけた方は、サポートしていただけると嬉しいです。マナビ研究室の活動に使用させていただきます。