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唾液分泌能の測定結果から考えること

 九州歯科大学生理学実習では、3種類の唾液(安静時、咀嚼刺激、味覚刺激)を採取し、唾液分泌速度を算出します。この実習が始まると会話できませんので、隣の味覚実習でワイワイやっているのを横目に、まるで「無言の修行」のような状態になります。非常にシンプルな実習なわけですが、自分の口の中で「唾液」がどのように分泌されているのかを「実感」できます。(小野堅太郎)

採取方法

 採取法は共通して「吐唾法」を用います。口の中にたまってきた唾液を随時、吐き出す、という方法です。吐唾法で得られる唾液は、耳下腺、顎下腺、舌下腺、小唾液腺、歯肉溝浸出液といった口腔内すべての液体(全唾液)が採取されます。

 安静時唾液とは「何もしない時に口腔内を潤わせるための唾液」です。採取中は口を動かしてはいけません(唾液を吐き出すとき以外は)。咀嚼刺激唾液とは「噛んでいる時に口腔内に促進的に分泌される唾液」であり、噛んだ後の食物を「食塊」として飲み込むために必須のものです。これはいずれも採取時間が10分となっています。しかし、診断の現場では10分はそれなりの時間になりますので、5分でやる研究者もいます。

 味覚刺激唾液として、主にクエン酸(もしくはレモン汁「ポッカレモン」など)が用いられます。クエン酸は「酸味」を生じます。口の中では「歯」という硬組織が露出しているわけですが、酸により「脱灰(カルシウムによる硬い組織が溶けること)」が起きます。これは当然、防がないといけませんので、酸味刺激ではたくさんの唾液が出てきて、唾液中の重炭酸イオンによりプロトン(H+)を緩衝します。一方、甘味刺激でも唾液分泌は促進しますが、これは「より味を感じるための唾液」といえます。食物中の味質が唾液に溶けることで、初めて味覚を感じることができます。しかしながら、酸味刺激程は唾液が出てきません。とうわけで、クエン酸がよく用いられるわけです。

 味覚刺激唾液の採取時間は、短いです。2~3分ほどでしょうか。酸性度の強い溶液を長時間口に含むわけにはいきませんので、30秒ほどの味覚刺激です(含んでいる間も、時間と共に唾液緩衝能により酸性度はどんどん下がっていきます)。30秒間を口に含んでもらって吐き出してもらうわけですが、生理学実習では追加で1分半、採取します。味が少し残っていて、促進された残余の味覚刺激唾液を回収するためです。ここで問題となるのは、安静時・咀嚼唾液と同じく10分間継続して採取してしまうと、味覚刺激唾液の分が後続の無刺激唾液と一緒に平均化されてしまうことです。つまり、「味覚刺激ではあまり唾液が出てないじゃないか」というような結果が得られてしまいます。

実験結果

 さて、実習の結果を見てみましょう。

 上記グラフの縦軸は唾液分泌速度(mL/min)です。採取時間から速度に変換されています。エラーバーは標準誤差です。標準誤差とは、平均値の信頼度(平均値として出てきてもおかしくない範囲)を示しています。

結果に対する考察

 安静時唾液と比べて、咀嚼刺激唾液は3倍ほどたくさん出ていることがわかりますね。安静時唾液は主に顎下腺からの唾液により構成されています。しかし、咀嚼刺激が加わると、顎下腺だけでなく、安静時ではあまり分泌されていなかった耳下腺からの唾液がたくさん出るようになります。顎下腺は口腔内の湿潤状態の維持に加えて、粉砕された食物を濡らして食塊にまとめる機能の両方を担っているわけです。一方、耳下腺は、より食塊形成の方に特化した機能を担っていることになります。唾液中にはアミラーゼといった糖を分解する酵素も含まれていますので、食による健康維持に重要な働きを担っています。

 水刺激と酸(クエン酸)刺激唾液の採取時間は2分です。溶液の吐出しは初めの30秒後に行っています。興味深いことに、水刺激による唾液分泌速度は、安静時唾液と同じ程度、もしくは若干高い値を取っている、と解釈できます(結果)。考察としては、「水自体の刺激では唾液はあまり出ない」といえます。しかし、採取時間が2分と10分で違うということが影響しているのかもしれませんので、単純な比較は危険です。

 水刺激と酸刺激は、ほぼ同じ条件ですので、比較することができます。明らかに、酸刺激の方が水刺激より唾液分泌が2倍ほどに促進しています。「酸差分」というのは、各被験者の酸刺激分泌量から水刺激分泌量を引いて算出された分泌速度です。この分が、酸刺激により促進された分ということになります。酸刺激唾液では主に顎下腺からの唾液により構成されています。

補足とまとめ

 ちなみに、2020年度のいくつかの実習班で、水刺激と酸刺激の採取時間を10分で行ってしまいました。一例を示します。

 見事に、酸刺激による唾液分泌促進の結果が見えにくくなっています。このような実験の失敗も面白いです。さて、何人の学生さんがこの実験条件ミスに気づいてくれたのでしょうか。レポート評価が楽しみです。

 唾液分泌は自律神経系により調節されており、中枢(脳)は「唾液核」と呼ばれています。安静時唾液のような無刺激時であっても、体調や精神活動により自律神経系は変調し、唾液分泌量を微調整しています。さらに、咀嚼時は(おそらく)体性神経系による「機械受容」、味覚刺激時は味神経を求心性情報として、唾液核に入り、分泌を変化させています。

 学生さんには、この実習を通して座学で習った唾液分泌機構と神経調節機構を、自らの経験に落とし込んで理解してほしいと思います。

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