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私の今までの研究人生⑦ヒト研究、アンジオテンシン物語:稲永清敏名誉教授(九州歯科大学)

 稲永先生(名誉教授)の唾液腺研究はヒト研究へと発展します。そして、若いころから取り組んできた最大の研究テーマ「アンジオテンシン」についてです。小野もこの研究にハマりました。感涙です。(小野堅太郎)

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12.ヒトの唾液分泌

 ラットの唾液腺の論文をいくつか出すうち、放射線科の森本教授からヒトの唾液腺のMRI画像と唾液分泌機能との関係を共同で調べませんかという話が持ち上がりました。これには、主に小野君(九州歯科大学・生理学分野准教授)と歯周病科から大学院生としてきてくれた井上さん(井上歯科医院)が担当してくれました。男性と女性では、唾液分泌量が違います。刺激唾液、無刺激唾液とも男性が多く、女性は少ないということはよくわかっています。私たちは、青年男女を被験者として実験をし、唾液分泌量や唾液腺の大きさは体重や身長、BMIに比例するということを見出しました(Ono et al., 2006; 2007; Inoue et al., 2006)。つまり、体の大きさによって唾液腺の大きさ、分泌量も異なってくるということです。男女の体の大きさは異なるので、唾液分泌量は異なって当然だと思われますが、私たちの論文は形態と機能を結びつけた初めての論文となりました。唾液分泌量からみた口腔乾燥症の判断基準をSreebnyら(1988)が性差だけで区分していますが、私たちの結果は、性差というより体格を考慮して判断しなければいけないということを示唆するものだと考えています。

 口腔乾燥症のなかには、シェーグレン症候群のような自己免疫疾患や、頭頸部への放射線治療により唾液腺機能が低下したというような原因のよくわかった場合と、原因がよくわからず唾液分泌機能の低下した患者さんがおられます。私たちは、後者の患者さんの唾液を採取させてもらい、MRI画像を解析しました。その結果、原因のよくわからない口腔乾燥症の患者さんの唾液腺も萎縮しているということを見出しました(Ono et al., 2009)。

13.アンジオテンシン物語

 生理的な喉の渇きが起こる原因は2つあって、血漿浸透圧が上昇した場合と、体液量が減少あるいは血圧が低下した場合です。先にお話しましたように、血漿浸透圧のほうはC. Bourqueのグループが一歩も二歩も先に行っていて到底追いつくことはできないと判断したので、私はどちらかといえば後者のほうの研究を、産業医科大学の助手の時代から今に至るまで、ずーっとやってきたように思います。その中で、関りが最も強かったのが、レニン・アンジオテンシン系です。スライス標本からの記録が完成した助手時代のころ、山口大学・医学部・第三内科の大学院生だった奥屋君(山口大学保健管理センター教授)を指導する機会を得ました。アンジオテンシンⅡは8個のアミノ酸からなるペプチドです。このペプチドは昇圧反応やバゾプレッシン分泌、飲水・ナトリウム摂取行動を誘発することが判り始めた時代でした。私たちは、アンジオテンシンⅡがこれらの機能にかかわっている脳神経核細胞(視索上核・脳弓下器官・終板器官)に直接作用し、興奮性反応を起こすことをスライス標本を使って電気生理学的に証明しました(Okuya et al., 1987)。脳弓下器官ニューロンは、アンジオテンシンⅡに対して特に反応性が高いということも判りました。さらに、パッチクランプ法により、長友君(長友内科・循環器内科医院長)は視索上核ニューロン(Nagatomo et al., 1995)を、九州歯科大学に赴任して指導した小野君(九州歯科大学・生理学分野准教授)は脳弓下器官ニューロン(Ono et al., 2005)を用いて、アンジオテンシンⅡは、外向きカリウムIA電流の抑制により、ニューロンの放電頻度が増加することを示してくれました。加えて、小野君は非選択的な陽イオンチャネルの開口により脱分極応答が生じることを明らかにしてくれました(Ono et al., 2001)。アンジオテンシンⅡとは逆の生理反応をする心房性ナトリウムペプチド(Akamatsu et al., 1993)や脳性ナトリウムペプチド(Yamamoto et al., 1991)、Cタイプナトリウムペプチド (Yamamoto et al., 1997)の作用は赤松君(国際医療福祉大学教授)や山本君(山本内科クリニック医院長)の実験により明らかになりました。

 産業医科大学および九州歯科大学赴任当初は、もっぱらスライス標本を使った電気生理の研究をしていましたが、喉の渇き・飲水行動に主眼を置くようになり、アンジオテンシンⅡによる飲水・ナトリウム摂取誘発行動と比較しながら、他の調節因子の研究をいたしました。特に注目したのが、摂食行動と関係の深い摂食関連物質についてです。この研究には、小野君(オレキシン: Ono et al., 2008; ニューロキニンB: Ono et al., 2011)、法師山(旧姓甲斐)さん(国立病院機構福岡病院)(ガラニン: Kai et al., 2006)、平瀬君(ガラニン:Hirase et al., 2008)、浅見(旧姓江藤)さん(五十嵐歯科医院)(ニューロキニン類: Asami et al., 2011)、宮原君(きょうどう歯科船橋院長)(ドーパミン: Miyahara et al., 2012)が参加してくれました。彼らの研究によって、多くのペプチドや神経伝達物質が水やナトリウム摂取に関係していることがわかりました。

 ところで、酒を好んで飲む方は一度や二度は二日酔いを経験されたことがあるかと思います。私もありますが、二日酔いはつらいものです。頭は痛いし、吐き気はする、もう二度とお酒なんか飲むものかというような気分になる。そういう時に、喉の渇きを経験されたことはないでしょうか。喉の渇きの原因として通説と考えられているのが、エタノール利尿(アルコール利尿)です。エタノールはバゾプレッシン分泌を抑制するので、利尿が起こる、というものです。確かに、お酒を飲むとトイレが近くなるのはよくあることですが、私自身の経験から、二日酔いをするほど大量にお酒を飲んだとき、飲んだ量ほど尿は出ていないな、と感じていました。研究室配属で得た実験の結果から、もしかしたら通説とは違うメカニズムによって起こっているのではないか、と考えるようになってきました。丁度、大学院研究科長の職から開放された時期でしたし、大学院生として氏原さん(新潟大学歯学部医員)が来てくれましたので、二日酔いにおける喉の渇きの原因を探ろうと考えました。詳細は省きますが、得られた結果から、二日酔いを起こすほど大量にエタノールを飲んだとき、利尿作用というより逆の抗利尿作用が起きていること、喉の渇きを起こす原因物質はエタノールの分解産物であるアセトアルデヒドで、これが直接口渇中枢の神経細胞に働いたり、あるいはアンジオテンシンⅡの生成を起こし、喉の渇きを起こしているということが判り、その結果をNeuropharmacologyに発表しました(Ujihara et al., 2015 )。この論文は、私の研究生活に長らく付き合ってくれたアンジオテンシンⅡに関する退任前の最後の論文として、特に気合いを入れて仕上げたつもりです。私の説がどれ程受け入れられるか、普段の生活の中に転がっている関心の深い問題だけに気になるところです。

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 いよいよ次回は最終回です。


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