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俺はいつの間にか地元のことを見下していた 〜都会病〜

僕は神奈川県南足柄市で生まれ、育った。みなさんご存知「金太郎」が幼少期を過ごしたといわれる「足柄山」の麓に暮らしていた。水が綺麗で自然豊かな場所で、台風が来て休校になったら田んぼに走ってリアル竜巻旋風脚ごっこをしたり、夏の暑い日は下校中に制服脱いで川の滝から飛び込んだりワイルドな生活を送っていた。そんな煌びやかな思い出のある地元南足柄のことを誇りに思っていた。

大学に進学し東京で一人暮らしを始めたが(正確には埼玉だが)、地元愛の強さゆえに、大学のメールアドレスは "kintaro.com@〜" に設定していた。初めて会う同級生たちに「出身は神奈川の、、小田原じゃなくてね、南足柄っていうところで...!」と力説していた。その時にいつも話していたのが金太郎まつりのこと。金太郎まつりには花火もお神輿も屋台もあるんだけど、メインイベントが「相撲大会」だったのです。子供も大人もガチで相撲をして、一位になると米10kg貰えて、市内をパレードできるという南足柄市を挙げての大イベント。そのオリジナリティとちょっとしたダサささえも自分にとっては物凄い誇りで、特に大学に入りたての頃はいつも熱く語っていた。
ちなみにトップの写真は小学5年生の頃、金太郎まつりの相撲大会で4位になった時のもの。  左が自分で右は弟。

そんな地元を離れて約20年になる。今も実家があるから定期的に帰っているけれど、その度にまち全体がゆるやか〜に衰退していっているのを感じる。駅前の商業施設のテナントを推移を数年単位で観察していればそれはよく分かる。そして、その状況に対して危機感みたいなものがあるかというと、それもない。変わろうとしない、変える必要がない。(組織として健全な危機感を持つことの大切さは、働き始めてから10年弱、法人営業でたくさんの企業と接している中で学んだこと)

小田原駅から乗り換えて、大雄山線という3両のローカル電車に乗った瞬間に時の流れが変わる。一気にゆったりとした「地元時間」になる。今でこそ「ああ懐かしいな〜」って思えるけれど、20代のころはそれが嫌だった。「だから全然成長しないんだよ」と心の中で呟いていた。駅の自動改札もSuicaの導入も全然進まなくて切符で乗車しなきゃいけないことを初めはネタにしていたが、結構長く続いて正直「遅れてるな...」と思うようになった。

今これを書いていて、俺って嫌なやつだなと思っている。地元や地元の友達に失礼な気もする。大学生になった頃、地元の連中と集まって話すたびに「あいつは都会に染まっちまったな〜。東京病だ 笑」ってディスり合っていたけど、それは冗談じゃなくて、本当のことだった。あんなに好きだった地元のことを、心の中でいつの間にか見下すようになっていた。そのことに先週、ハッと気づいた。

<つづく>


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