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財務デューデリジェンス(財務DD)の限界

こんにちは。公認会計士の桑原です。

職業柄、財務デューデリジェンス(財務DD)の依頼を多く受けます。
公認会計士に頼めば財務の問題点は見つけてくれるでしょ?とお考えになるかもしれませんが、会計監査では把握出来ても財務DDでは検出出来ない財務リスクが存在します。

今回は財務DDで検出することが難しい財務リスクを見ていきたいと思います。

会計監査では出来るが財務DDでは出来ない手続き

会計監査でも財務DDでも対象企業の財務諸表の内容を精査するという点に違いはありません。
しかし、会計監査と財務DDでは以下の違いがあります。

・会計監査:会社法や金融商品取引法といった法律に基づき実施される
・財務DD:M&Aの手続きの一環として任意に実施される

通常M&Aは水面下で交渉が行われるため、財務DDの実施も社外に公表して行うことはありません。
そのため財務DDでは取引先への「確認」という手続きが実施出来ないことになります。

・会計監査:取引先への「確認」が可能
・財務DD:取引先への「確認」が出来ない

では「確認」とはどのような手続きでしょうか。
日本公認会計士協会のウェブサイトでは次のような手続きであるとの記載があります。

財務諸表が正しく作成されているという監査意見を述べるために、監査人が行う監査手続の一つである。会社の取引先等の第三者に対し売掛金の残高等について、監査人が直接、文書で問い合わせを行い、その回答を入手して評価する手続である。
一般に確認は、決算日など特定の日の残高の実在性を証明する有力な監査証拠となるので、金融機関との取引や売掛金などの債権、倉庫業者に保管されている棚卸資産等々、様々な財務諸表項目を対象に実施される。

会計監査では、例えば対象企業が取引先A社へ売掛金1億円を計上していた場合、「確認」の手続きにより、A社に対して売掛金1億円が存在するか直接聞くことが出来ます。仮に対象企業が粉飾目的で売上を架空計上していれば、A社からはそのような取引は存在しない、という回答を得られるので、監査人は粉飾を把握することが出来ることになるのです。

一方、財務DDでは取引先への「確認」が実施出来ないため、それ以外の手続きで売掛金の検証をすることになります。

財務DDにおける売掛金の検証手続き

財務DDではどのようにして売掛金の妥当性を検証するのでしょうか。
細かくは色々ありますが、主には以下のような手続きがあります。

全体
・回転日数の推移:
 ⇒日数が高くなっていれば粉飾か回収が遅延している債権が存在
・月次残高推移:
 ⇒過去トレンドと比べて急に増加しているような場合は粉飾可能性

過去の経験上、粉飾がある場合は、回転日数が高くなる、過去トレンドと比較して残高が増える、というようなイレギュラーな傾向が見られることが多いです。
では具体的にどの取引が怪しいのか、また、個々の取引は正しく計上されているのか、取引先別の検証を進めることになります。

取引先別
・請求書との突合: 請求書と整合するか
・基幹システムとの突合: 基幹システムと整合するか
・入金の確認: 売掛金が期日どおりに入金されているか

取引先別の検証は概ね上記3点を確認すれば問題はないと判断出来ます。
小売業の場合、請求書がないケースもありますが、この場合はクレジットカード決済も多く、基幹システムとの一致や翌月の入金(クレジットカード会社は決済が早い)を確認することで売掛金残高の妥当性を検証出来ます。

財務DDで検出出来ない架空取引

怖いのは卸売業です。
1取引当たりの取引額が多く、業種によっては資金決済サイクルが長く、肝心の入金確認が取れないケースがあります。

そのため過去には、卸売を営む企業が基幹システムに架空取引を入力し、これに基づいて請求書を発行し、でも資金決済が数ヶ月後のため入金確認は出来ず、粉飾を検出出来なかった、という事例が存在します。

・売掛金帳簿残高と請求書の金額が一致している
・基幹システムの金額と請求書の金額も一致している
・資金決済サイクルが長いのでDD時点で入金確認が出来ない

このような場合でもし基幹システム上から架空取引が計上されていたら財務DDでは当該架空取引は検出出来なくなります。
これを検出するには会計監査の「確認」手続きが必要になるのです。

とはいえ架空取引でなくとも上記のように資金決済サイクルの都合で入金確認が出来ないケースも普通にあります。
そのため、そもそも架空取引なのか否か、財務DDの有効性を高めるためにはM&Aの背景も理解する必要があります。

DD手続き中でもM&Aの買手と売手は様々な交渉をしています。
この交渉過程でM&Aの合意のために利益条件が設定されている場合は注意が必要です。
「●月時点のLTM(直近1年間)のEBITDAが●億円以上」というような利益条件がある場合は、M&Aを合意させるために売手側で粉飾決算をするインセンティブが出てくるため財務DDを慎重に行う必要が出てきます。

なかなか財務DDを行う専門家は交渉背景まで把握しませんし、買手も専門家に交渉過程を伝えることは少ないと思いますが、上記のようなリスクもあるため、DDを進めるためには様々な情報を共有するのが良く、弊社が財務DDを行う場合はM&A全体の視点も把握したうえで手続きを行っています。

今回は財務DDで検出が難しい財務リスクを見てみました。
誰がやっても同じと思われるかもしれませんが、誰がDDをやるかで検出されるリスクも違ってきます。

次回は過去に検出された事例をいくつか見ていきたいと思います。

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