ヨシダ君、ライトの守備で消える 高校野球の思い出
あなたにとって必要な人が、
本当に必要な時に、
遠くの方で全力で走り、
一人でに全力で転んでいるところに遭遇したことはあるだろうか。
僕はある、
今日はそんなお話
*ちょっと長めになるので、暇でやんわり笑いたい人だけお読みください
僕たちの野球部は、県立ながら、私学とも勝負をすることが出来る、強い県立高校だった。野球部にいたことがある人でも、その他体育会系にいた方なら分かると思うが、県立高校が、私学と渡り合うことは本当に大変だ。
(もちろん私学の中でもレベルは違うが)
そういった中で、僕の高校は、2学年上にプロのスカウトも来るような左の投手で140キロ台を出し、コントロールもビッシー!スライダーとカーブもギューん!とするようなピッチャーがいたことで、
僕の代は県立にしてはかなりの精鋭が集まった。
しかし、同期が30人以上いれば、みんながみんな小一から野球をして、
中学では強いシニアやリトルリーグで野球をやるわけではない。
僕たちからすると本当に信じられない程度の楽な練習をする中学から来た人も何人かいた。
今になって思うのはそれでこそ部活の意義があり、社会とか、チームとか、グループでいることの意味が学べたと、思う。
その「信じられない程度の楽な練習をする中学から来た人」の代表例は、ヨシダ君だった。彼が小学校から野球をやっていたかは定かではないが、見るからに「野球の人」ではない。
彼を簡単に紹介します。(特に最初の印象をベースに)
・あだ名は「ダーマン」
・長身、足長、鼻長、腕長、胴短。肩幅があり、肩が上がっている。
全体的なシルエットは「夕陽のガンマン」
顔も西部開拓時代から来たかのような濃さ。本当にこんな感じ!
・好きなこと:読書、一人になる。
・野球の全体的な能力:ひどい。左投げ左打ち
・走り方:女子
・投げ方:女子
・メモ:ユニフォームのズボンは一個だけ。家が一番近いのに、一番遅刻する。一人が好きなために部室に入らないことを伝え、雨の日に部室に荷物を入れてと頼むも入れてもらえなかった。
という感じである。伝わり難いが、嫌うことも出来ないほど素朴でヘタクソだった。彼は少し不思議なところはあるが、基本僕たちが面白いと思うものは面白いと思う。その例に、家が近いことで深夜まで学校に入れることを利用し、部室の「二人エッチ」をこっそり読んでいたことが挙げられる。
ダーマンにチャンスが!
まだ先輩がいる秋の日に1日に3試合やる日があった。
1試合目:Aチーム
2試合目:Bチーム
3試合目:Cチーム
二試合目のBチームも、先輩たちと僕たちの上手い奴らが出る。
僕はまだCチームだった。無論、ダーマンもCだ。
まず、この日のダーマンは何かが違っていた。
グローブとスパイクを忘れていた。
野球は打って、守って、走る。
野球史上初の、守って、走るが出来ない。
走ることが出来ない以上、打つことも出来ない選手。
ユニフォームを着るだけの男、
ここ、南足柄球場に誕生。
サッカーでいうユニフォームがないレベル。
バスケでいうボールがないレベル。
水泳でいう泳ぐ水がないレベルのもう、何も出来ないレベル。
この時は、みんな呆れていた。
そう呆れていたのだ。
グローブがないからキャッチボールも出来ない
ウォーミングアップだけして球場の外で立っているだけのダーマン
を見て、、呆れていた。
監督も呆れていた。
「お前、もう帰っていいよ」と言われたらしい。そりゃそうだろ。
でもダーマンは帰らなかった。
それが全てを生み出すことに。
ダーマンが消えた!?
あなたは、本当に必要な人が大切な時に遠くの方で全力で走り、
一人でに全力で転んでいるところに遭遇したことはあるだろうか。
3試合目、僕たちの代は選手数が多いことから、選手の入れ替えが多くあり、なんと試合の後半、
ダーマンがライトの守備に呼ばれたのだ!
みんなが興奮した、あのダーマンが!
グローブとスパイクを他人から借りているダーマンが!ろくにアップも出来ていないダーマンが!
まるで漫画のワンシーンである!
恐らく足柄まできて3試合あるのに、試合に出さないのは可哀想という監督の計らいだろう。
そしてライトの守備位置には夕陽のガンマン。
伝説の瞬間はすぐに訪れた。
打球がサードに飛ぶ。(ライトとは違う方向)
サードが打球を捕る。
ファーストへ送球。
が、その送球が暴投に。
それもファースト2人分の身長が必要なぐらいの文字通り「暴投」だ。
ヤバイ、もちろん3試合目だからと言って、テキトーなプレーは許されないし、我々だって日々練習している中で、監督にアピールし、
なんとかBチームに入る、いや、「ここまで出来るのか」と思わせたい。
エラーや暴投があった時のために人が後ろに予め回ることをカバーという。
そして、内野ゴロがあった際に、ファーストへ最終的なカバーに行くのは、
ライトだ!
「ライト、カバー!」みんなが全力で叫ぶ
(そう!ダーマンだ!)(ダーマンだろ!)
皆がファーストの後ろのカバーに走っていたはずのライトの方を向くと、
ライトでダーマンが走っている!
(ナイスカバーである)
だが次の瞬間
ダーマンは盛大な砂埃に変わり消えたのだ。
消えた。
そこには砂煙が巻き上がっていただけだった。。。。
ボールはその砂埃を抜けていく。。
へ?
今、走ってたライトは?
あそこにハリーポッターが魔法省にいく、9と4分の3番線があるのか?
砂埃はなんだ?
ヨシダ君はダーマンじゃなくハリーポッターだったのか?
いやいや、そんなはずは。。
グローブを忘れて杖は持って来たのか
考察します
あなたは、本当に必要な人が大切な時に遠くの方で全力で走り、
一人でに全力で転んでいるところに遭遇したことはあるだろうか。
その転んだ彼が夕日のガンマンだったらどうだろう。
地面に叩き付けられるスピードが早く過ぎて
人が消えたように見えたことがあるだろうか?
叩きつけられたのが夕陽のガンマンだったらどうだろう。
目線の流れはこう
サードが暴投
「ライトカバー!」
遠くの方でヨシダ走る
遠くの方でヨシダ消える。
でも僕たちの感情・脳内は、
「暴投だ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ」
「ライト!! 今誰か消えた!?」
である
一瞬のことだが、何分もの瞬間に思えるほど、
先輩たちも含め、球場中の音が一瞬止まった。
実際、ダーマンが消えたら大変だ、得点されてしまうし、、
脈拍がフラットになったように、
世界が一瞬フラットになった。
相手チームのベンチも止まっていた。
球場全体の歴史がリセットされたのだ。
この南足柄球場の歴史が。
カバーがいないことは守備の崩壊を意味する。
僕たちの目では実際は消えていなくて、本当にただ単に転ぶことなんて絶対に許されないシーンで転んだ夕日のガンマンを見て、
脳が一瞬
「倒れているのはガンマンじゃない、誰か違う人で、ガンマンがすぐに走ってくる」と事実を書き換えようとしていた。
次の瞬間
ダーマンが立ち上がり、後ろに逸れたボールを全力で追い始めたのだ。
誰もいないところで一人で転んでいた。
ただそれだけだった。
僕たちの書き換えたい現実はそのまま進み、
倒れたのがガンマンだと分かり、
だんだん笑えてくる。
夕日のガンマン、渋い顔の、一人でいることが好きで、グローブもスパイクも人に借りている奴が、
一人で絶対カバーをしないといけない時に転ぶと
「こいつは本当にここに何しに来たんだ」と、
でも通常ではありえない程のスナボコリで
「一生懸命に、全っ力で転んだ」と、
転んで汚れるグローブとスパイクが
他の人から借りているものでこのあと怒られると、
彼がこのチームで一番監督にアピールしないといけない存在であり、
本当に久しぶりに出たチャンスで、やはりこうゆうことが起きてしまう天運なんだと、
「暴投だ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ」
「ライト!! 今誰か消えた!?」のありえない現象と、
「本当にこいつは可哀想な奴だな」と、大緊張の中、監督ですら笑いを隠せていなかった。
僕や同期は死ぬほどの爆笑をなんっとか帽子で隠し抑えていた。
どのくらい爆笑したかというと
書いている今でも爆笑している。
カバーのためにいる存在が一番カバーが必要だったのだ。
そう、呆れていたのだ。
後書き:最後まで続けたダーマン
野球部に入部後、合計で5人ほど辞めて行った。
それは一重に野球が下手だからではなく、いろいろな事情があった。
ただ、もし僕が彼だったら辞めていただろうと思うほどに、ダーマンと僕たちの平均のレベルに差があった。
でもダーマンは辞めなかった。
3年間僕たちと共に時間を過ごし、もちろんトレーニングもこなし、身体も強くなり、練習試合ではヒットも打つようになった。僕たちが2年になる頃には、Bチームでライトを守っていた。
でも、みんな心のどこかで、練習を続ける、また練習を続けたヨシダ君をリスペクトしていたのだろう。彼を嫌う人はいないし、ネタにはするが、本当の意味で馬鹿にするものもいない。
あ、あの日グローブを貸して盛大に転んでグローブを削りたヒロセ君は怒っていた。
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