見出し画像

《キッス、お月さま.》

 投げキッス。それは、93歳の祖母のトレードマークだ。

画像1

 ドキュメンタリー番組に一緒に出演した時にもそれを披露し、観てくださった彼女の同年代の友人からは「投げキッスなさるなんて、まだお若いですね」とお手紙をいただき、わたしの友人からは「何回みてもおばあちゃんの投げキッスがいい」とLINEをもらった。

画像2

 看護師さん、リハビリをしてくださる理学療法士さん、訪問入浴の方々と平日たくさんの方にお世話になっている祖母。ありがとうとお礼を何度も言った後、皆さんとさよならする時にはやはり、投げキッスを贈る。毎週きてくださる方たちはそれに慣れてきて、お返しの仕草をしてくださったりもする。でも皆さん初めは、喜びながらも戸惑うのだ。

画像3

 

 スーパームーンの前日。晴れ渡る空にはほぼまん丸のお月さまが輝いていた。車いすを窓際に寄せてふたりで眺めていると、ふいに祖母が「こうだよ」と満月に向かって投げキッスをした。お月さまをみると、ありがたいといつも手を合わせていた彼女。左手が脳梗塞をしてから動かなくなってしまったから、感謝の気持ちを伝えるジャスチャーは「投げキッス」にすることにしたのかもしれない。

画像4

 曇り空の翌日の夜。スーパームーンに皆既月食というめずらしい天体ショーがみられるはずだった。残念だなと思っていると、昨日のことがふっとよみがえってきた。もしかしたら、初めて祖母の投げキッスをもらい、照れて姿を隠してしまったのかもしれない...と思うと急にお月さまが愛おしい存在に感じられた。

画像5

 

 祖母が眠りについた夜10時過ぎ。雲のベール越しに恥ずかしがり屋のお月さまはそっとその光を放つのだった。

画像6




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?