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0024 《宝石のひみつ.》

 カルティエの職人さんが宝石に「命」を吹き込む姿をみたのは、昨年の秋のことだった。

 六本木にある国立新美術館。そこで開催されていた「カルティエ、時の結晶」展に合わせて、その職人さんはフランスから来日していた。

 笑いじわをぎゅっとさせて顔全体で笑顔をみせてくれる気さくな一面もあるけれど、石と向き合っている時のまなざしはまるで別人のそれのよう。なんとも彼はフランスの人間国宝で、働いてる工房には4人のお弟子さんがいらっしゃるとのこと。国内でも有数の宝石彫刻の「巨匠」なのだそうだ。

 この春は、家で過ごす時間が長かった。
 毎日三食自炊して、午後の紅茶も自分で淹れた。そうすると、気になるようになる。ガラスのポットにくっきりとついてしまった茶渋が。ひとりで夕食をすませたあと、テレビをみたい気分でも本を読みたい感じでもなくて、「そうだ。ポットを磨いてみよう。」と思った。

 しばらくすると、あの透明が戻ってきた。買ったばかりの、うきうきして使い始めたあの頃のぴかぴかなポットが目の前にあらわれた。「生き返った」と思った。その時ふと、カルティエの宝石のことを思い出したのだ。職人さんに磨かれて宝石に姿を変える原石のことを。

 「そうか、これだ。」と思った。わたしには石を世界最高のジュエリーに磨き上げる技術はないけれど、自分が好きで買って、今の生活を豊かにしてくれているものがたくさん家の中にあって、職人さんが宝石にしていたように、それらに命を吹き込み続けたらいいのだと気づかされた。

 そうして大切にしたものたちは、誰かの高価なアクセサリーよりも、ずっとわたしの心を満たしてくれるものになるのかもしれない。



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