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【🇸🇪スウェーデン日記】#13: バス、やさしさ

大学に行く時は、バスに乗る。ソーシャル・アクティビティの後で帰る時は、トラムと呼ばれる路面電車に乗ることもある。そのほぼ全てが電気で動くようになっていて、夏の学生カードみたいなのを持っているから、610SEKで1ヶ月乗り放題である。毎回チケットを買うと45SEKくらい取られるから、元は存分に取れる。

雨の日で、私は傘をたたみながらトラムに乗り込んだ。携帯にカードが入っていて、一番前の乗り口から乗ればスキャンできるけど、スキャンしない人も多い。しなくてもいいのだ。私の場合は学生カードだから、乗るときに必ず学生証を携帯しないと行けないことになっているけれど、乗り口では見られない。信頼に基づいたシステムだなと思ったけれど、どこかでおばさんが教えてくれたように、検札の人が乗ってくることもある。

それで、その日は検札の人が乗っていた日だった。カツカツと車両の前に出てきた女性が、Ticket Control!と叫んで、乗客は皆ゴソゴソと己のチケットを手に取った。私も学生証と定期券を用意する。

前のお兄さんが差し出したチケットが、検札の人の手元の読み取り機で赤いライトを点滅させた。言語が違えど、赤という色は大抵良くない色である。検札のお姉さんの顔が険しくなり、しばらくスウェーデン語で何か言った後、お兄さんは次の駅で降りた。

雨がざんざん降る中、私の目の前で電車を下ろされたお兄さんは、何を思うのかなあと思った。


スウェーデンのバスは、すごい傾く。バスの長い辺を軸に、左右に傾くといえば伝わるだろうか。

その日のバスの運転手さんは深緑のネクタイをしたおじさんで、バスが近づくにつれて立ち上がった私の前にピッタリと乗り口を合わせて扉の向こうからにっこり笑って頷いた。それはスウェーデンでも珍しくて、私はちょっと気後れしながらHejと言ってみた。

いくつかバス停を過ぎて、あるバス停でお爺さんが乗ってきた。お爺さんというだけではなくて、サングラスと白杖を持っているようだった。

それが見えた瞬間、バスがすごい傾いた。プシューと空気が抜ける音がして、バスが乗り口側に傾いて、乗り口との差が無くなるように傾いたわけだ。別にこれは日本でもみられるバリアフリー型の車両で珍しいものではないのだけれど。

で、バスの前の方に座っていた若者たちが全員ざっといちばんうしろの席に動いて、一番前の席に(バスにはお誕生日席みたいな一人席が必ずあるでしょう?)座っていた青年も後ろの席に動いて、ついでに運転手さんがお爺さんの乗車券を運転席から手を伸ばしてスキャンしてあげて、おじいさんは青年に促されて一番前の席に落ち着いた。

バスはまた音を立てて、地面と概ね平行に戻った。

これが数秒の間にパッと起こって、なんだか美しいなあと思ったのだった。


道路を渡ろうとしたら、横断歩道の前で車の運転手さんが大きく手を振ったのが見えた。ありがとうのつもりで、イギリス式に手を振って渡る。
初めてイギリスに来た時、香港人のフラットメイトと、「イギリスの車も意外と止まってくれるよねえ、優しいねえ」と話したのを覚えている。それから3年イギリスに住んで、イギリス社会も大学もぜんぜん優しくないことをよくよく知ったわけだが(シンプルに人生というものが全然優しくないだけかもしれないけれど)、初めて見る場所というのは、美しく見えるのだと思う。

その美しさに惹かれて、それ以外の側面に盲目でいられる長さを丁寧に見極めながら、人生を転々としていくのかもしれない。知らんけど。私は自分の人生に美しいものだけが見えていてほしいのだ。


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