見出し画像

【日記】アルバイト

アルバイトをしている。アルバイトには、アルバイト以上の意味がある。



------

何かを消費するばかりの学生生活において、「経済的価値を創り出せること」は、限りなく貴重な機会だと思う。大学の授業を消費し、食べ物を消費し、奨学金を消費し、両親の資産を消費する中で、自分が何か目に見えるもの(=口座残高)を手にできることは、なんとなく救いになる気がする。自分も価値を作り出せるんですよ、と。

古典的なマルクス主義的には、資本主義の労働は「Alienation・阻害」を生み出すことになっている。人間として生きることからの阻害、己が作り出した利益からの阻害、他の人間からの阻害。確かに時給労働は「その時間内に作り出した価値」が「時給」を超えたら阻害になるのかもしれないが、そんな日は来ない気がする。働くためのプラットフォームが用意されている時点で、そこそこ高い価値がくっついている。「その時間内に作り出した価値」が「与えられる時給」を超えないと思える限り、内面的には幸せでいられる。それも資本主義の枠組みの中で生きることに慣れてしまったからかもしれないけれど。

初めてのアルバイトはデパートの中のレストランだった。ここで、お酒の種類を少し覚え、シャンパンの種類を少し覚え、接客の敬語を覚えた。獺祭。黒霧島。いも焼酎と麦焼酎。Choyaの梅酒(おいしい)。モエ・エ・シャンドン。ドンペリ。純米大吟醸と吟醸。「とんでも無いです」の敬語は「とんでもございません」ではなく「とんでもないことでございます」。1人のお客さんがビールを2本頼んだら、時間差でお持ちするかを伺う。お湯割りはお湯を先に入れる(これは人によって意見が割れていた)。お酒を飲む人は、水のことをチェイサーと言う。深夜をすぎてお店を閉めて、真っ暗になったお店を振り返ってから帰るのが好きだった。

時間に余裕ができてからは、チェーンのカフェと、パン屋さんでも働かせてもらった。チェーンのカフェは、フランス語の学校の前にオープン要員として行っていたので、朝の4時に起きて、6時半からお店を開ける準備をして、朝の7時にお店を開けていた。ひんやりとした空気の中で、誰もいない、電気の落ちたお店を開けて、一つずつ電気をつけていくのが楽しかった。洗浄機。アイスクリーム・マシーン。コーヒーマシーン。ソフトクリームを巻けるようになった。ラテとカフェオレ、エスプレッソとカプチーノの違いを理解した。ミルクフォームのやり方を理解した。総武線がくる時間に合わせてお客さんがどっと来る。忙しい時間が終わって、カウンターに1人になる時間が好きだった。自分がこのカフェを回しているんだ、という気持ちがした。

単発で留学イベントのお手伝いや、大学広報のお手伝いもちょっとする。最近の大学のアルバイトで、自分が高校生の時から違和感を感じていた部分を変えられたのは嬉しかった。公式の和訳が「大学入学準備認定コース」から「大学学部進学準備コース」へ。

今もまた、レストランで働いている。英語と日本語をどちらも使う。ドリンクの種類が過去一番に多い(カフェよりも多い)。お金がかからない水はタップウォーター。生ビールはタップビールかドラフトビールという。お手洗いのことをLooということがある。手のひらに人差し指で書くような動きをしたらお会計を持っていく。必ずテーブル会計。接客英語とアカデミック英語は違う。「丁寧な表現」と「接客の英語」は違う。私が身につけた「意味を伝えるため」のアカデミック英語と、「お客さんを歓迎するため」の綺麗な英国英語は違う。お客さんに呼ばれて直ぐに行けない時、Could you wait a moment please と Just a moment please だったら、前者も「丁寧」だが、後者の方が「接客に使うべき」。それを私が落ち込まないように、かつきちんと説明してくれる上司に恵まれている。仕事を超えて、毎日のことを心配してくれる上司に恵まれている。1ヶ月に1回くらい大きな過ちをするし、行くたびに失敗を重ねていて本当に申し訳なく思う。「自分が作り出す価値」が「時給」を超える日がこない。

接客を重ねてよくわかったことがある。接客には向いていない性格だ。人と話すのが好きな訳では無いし、臨機応変な対応が得意というよりは、念入りに用意をしてその成果を発揮する方が得意だし、言葉を使って何かを説明するのは何語でも苦手だ。飲食のアルバイトは必ずお客さんがいるし、扱う商品が食べ物だから、少しのミスで全てがダメになってしまうし、臨機応変な対応が求められるし、愛想も必要だ。私は多分、パソコンに向かった事務作業とか、録音の書き起こしとか、そういうことの方が向いていると思う。

それでも、バイトを決める度に飲食を選んでいるのは、自分が内包する「できないこと」に引け目を感じ続けているからだと思う。人と接するときに、後から思い返して失敗したな、と思うことが無いようになりたい。楽しい話ができる人になりたい。臨機応変に動けるようになりたい。効率的に動けるようになりたい。言葉をきちんと操って、人にきちんと物事を伝えられるようになりたい。頭の回転の速さが欲しい。英語が話せるようになりたい。明るく朗らかに話したい。それができることに自信を持ちたい。消費ばかりじゃなくて、生産をしたい。

大学を卒業したら、二度と接客業につくことはないだろう。私はいつか、おすすめを聞かれた時に、お店に幼児が来てくれた時に、イレギュラーなオーダーをされた時に、団体客のオーダーを取るときに、満足の行く接客ができるようになるのだろうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?