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まむおの小説シリーズ

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私が書いた小説をまとめました。
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#スキしてみて

キャッチボール

「ボール、捕れるようになったなあ、少しずつ上達してきているぞ。この調子…」 自宅から坂を下った窪地にある公園に小さなグラウンドがある。今日は日曜日。旦那も私も久しぶりの休日。 日照りがまだ穏やかなうちに、娘は私達を叩き起こしてきた。眠い目をこすり、ゆっくり寝たい気持ちを抑えながら寝床を後にする。 旦那は、なぜ娘に起こされたか咄嗟に感じたのだろう、直ぐに身支度を整えている。 「ユキ、マイと先に行ってるわ、後で来いよ、先にやってるね」 私は支度が遅いことは長年連れ添って

ボタン

「あっ…」 スーツからゆっくり落ちていく。ほつれそうと思っていた矢先だった。地面に落ちた茶色のボタンは、もの寂しそうな表情をしていた。僕は、まじまじとヤツを眺めることを止めなかった。 「こんなところに…」 立ち止まる人影を感じた。誰だかすぐに分かった。しゃがんで拾い上げると、ヤツの雰囲気が変化し始めた。華奢な親指と人差指に摘まれた格好で、申し訳なさそうにしている。拾ってくれた人と目が合った。 「これ…」 「取れてしまったんだ」 「付けてあげる。ほら、上着を脱いで」

赤いシグナル

辺りの音が聞こえなくなった。こんな日は、様々な模様の結晶がゆらゆら降りてくる。 私は、お気に入りの毛糸の帽子とエンジ色のマフラー、チェックのコートを身に着けて立っていた。北国の寒さは顔を凍らせる勢いで、頬を真っ赤にさせる。 時折、突き刺す風がやって来ようものなら、風上に背を向けて、何とか耐え忍ぶ。それでも、心までは冷え切ることはない。 雲に覆われて遠くから見える街の灯りが点々と輝いている。小さな宝石箱みたいだ。 幼い頃、私が大事にしていた宝石箱には、鍵が掛けられるよう

あの頃のふたり…【短編小説】

「遅刻だ!!」 僕は自転車に股がり、河川敷のサイクリングロードを猛スピードで走っている。 自主練として、近所のランニングを欠かさない僕は、早起きするのは得意だが、時としてやらかしてしまうこともある。 今日はそんな朝だった。 前日の練習がハードで、起きられなかったのだ。仕方ないと思ってるが、そうは言ってもちょっと厳しい。 河川敷の上流に向かって5キロ行ったところに僕の通う高校がある。体育系の部活が強い高校。 僕は陸上部に所属していて、長距離が専門だ。トラックを走った