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食の軍師(序)

「食の軍師」が好きである。

なんじゃそれ、と思う人がいるかもしれない。
「孤独のグルメ」はご存知だろうか。ドラマ大ヒットで漫画にも再注目された、「一人飯」の走りのような漫画だ。

2巻あたりから実写に寄せに行ってるよね

松重豊さんの怪演…というか、あまりにスマートで綺麗な飯の食べ方、ナレーションの完璧な原作リスペクト、出てくる小物のセンスの良さ、そして飯の美味そうなこと!
ドラマが当たったのも頷ける丁寧な作りだ。語り始めると尽きる事のない魅力がある。飯を美味く食うために前二食は抜いているとか、様々なエピソードは伝え聞く。
そして、原作となる漫画。故・谷口ジロー氏のバカ丁寧過ぎるまでの飯描写と独特の言葉遣い、そして主人公の何とも言えぬ表情と、独自の怪しいオーラがビンビン出ている。これは、言葉のチョイスの微妙なようでいて絶妙な具合と、反面絵が上手すぎて現れる壮絶なギャップが強烈な引力を生む一因ではないか?と思う。
コレでも初期は色々と描写が迷う事もあったらしく、現行の1巻途中までは全くの手探り描写だったらしい。
最初こそマイナー誌のいち漫画だったものが、アングラ掲示板のネタになり、それがだんだんとブームになってドラマ、それが超有名になって今や映画まで出来るようになった…何とも凄いことだ。

で、それと「食の軍師」とやらに何が関係あんの?

「孤独のグルメ」の作画担当は、谷口ジロー氏だが、その他に原作者がいる。
それが、久住昌之氏だ。
久住氏は主に文筆をやっているのだが、このドラマ初期には本編後のオマケ(ビールクズ、などと呼ばれる)で出たり、シリーズ毎の最終話に出演していたり、何ならドラマ楽曲の提供までやっている。マルチすぎる。
その久住昌之氏が手がける、グルメ漫画の一つが、「食の軍師」なのだ。
表紙の名義こそ「作・泉昌之」名義だが…

こういうことなんです

そう、共著なのだ。
そして、このコンビは知る人ぞ知る「カッコいいスキヤキ」という漫画でも使われている。(確かラジオでPUFFYあたりが好きな漫画として公言してたような)

という、実にマニアックな漫画なわけだが、僕はどういうわけかこの漫画が好きだ。
内容としては、孤独のグルメとそう大差はない。
飯を食う、おしまい。それだけ。それだけ?

だが、ここで独自要素が出てくる。
孤独のグルメでは、酒を飲まない男の好き勝手な飯。
では、食の軍師は何なのか。
それは「食べ方への異様なこだわり」である。

みなさん、例えば一杯の醤油ラーメンを思い浮かべて欲しい。
麺にスープはもちろんだが、そこにチャーシュー、ネギ、タマゴ、メンマ、ナルト…と乗るモノを想像する。
…ちょっと待ってくれ。ナルトは最近じゃ乗らないだろう?
…いや、タマゴは大体デフォルトで付かないからオプション注文では?
…チャーシューは鉢一面に回して乗ってないと食った気がしない…
…まて、唐揚げとご飯でセットにしてくれないか…
…ラーメン嫌いなんだわ。それより餃子ライスで…
…ラーメン屋のメシモノはチャーハンだろ?
…いや、そもそも焼き飯と呼ぶのが…

↑これ。
この各人の「こだわり」の描写こそが、この漫画のテーマだ。
それも、寿司屋での王道みたいな食い方とか、蕎麦屋の礼儀みたいな堅っ苦しい話とか、そんな話ではない。
そうしたこだわりって、ハタから見たら滑稽だね。という話。
食べ方や状況についてこだわりを描くのは「孤独のグルメ」でも同じく「エゴイスティック」として表現され、主人公・井之頭五郎の心の独白としてセリフになり、その味のある言い回しが面白いのだが、食の軍師では、主人公のエゴイスティックが、よりギャグ寄りに描写される。それも、「軍師」というイマジナリーフレンド?を伴って、だ。

主人公は年柄年中、室内だろうが夏であろうがビーチだろうがトレンチコートに山高帽の男・本郷だ。

7巻から、珍しい名前入りシーン

様々な食い物への「食い方」のこだわりを持つ。その根底は「カッコいい食べ方」を追及する、エゴイスティックなようでいて、実は第三者がいなければ成立しない評価基準を尺度にしているため、毎度一人相撲になる事には全く気がついていない。
実際、こだわりや旨さを言葉にすれば、それはテレビタレントの食レポやリアクションと大差ないわけであって、そうしたモノを内心で忌避しているのに、自らがやっちゃってるというおかしみがあるわけだ。
しかも、本郷にはイマジナリーフレンドが伴っているから、本気でこの男の周りは賑やかなのだ。

クイーンのMiracleみたいな構図

本郷であり、本郷でない、「軍師」
見た目的には諸葛亮か関羽か、みたいな感じだが、一応「諸葛魚」のエピソードで悶絶してるので、諸葛亮孔明がベースなようだ。
タイトルも「食の軍師」だから、三国志の蜀にかけてなのは間違いない。
この軍師が「〜せい!」「(地名)の城(飲み屋のこと)を落とせ!」と冒頭あたりで叫んで、本郷が「ここに何かあんの?」と飲み屋を探し、良い雰囲気の店で「こんな名店が!」とか評するのが大体のスタイル。
微妙に別人格ながら、やはり本郷とはギャグセンスなどを見ても同じ。とはいえ明確に下ネタに関しては戒めてくるので、より外面を気にする方の人格、という位置付けだろうか。
当然、本郷(と読者)以外には認識されないため、ハタからはこうなってしまう。

友達?からの評

まあ、こんな調子であちこちで一人語りをやってるから、こんな男と友人ってのもなかなか変わっている奴でしてね…

大体フード被ってる

それが、この力石。
本郷と同じく酒好きで、同じような好みをしているためか、行く先々で店が被る。
そして、大体本郷は力石の所作を「カッコいい」と思ってしまうのだ。

こやつ…出来る!

何が?

最早第三者には理解し難い基準で「キマッテル」のだ。本郷にはそれが憎くて憎くて仕方ないので、大体物騒な「力石コロス!」みたいな表現で締めくくられる。
何コレ、オッサンのツンデレか?
あくまでも、本郷が力石に憧れているだけであって、力石にしてみれば好き放題に食べたり飲んだりしているだけです。
ただまぁ、「行く先々でよく会う、好みの似たオッサン」という認識は出来ていて、一緒に旅行まで行く仲になっている。
最早恋人では?
力石も、本郷のそうした内面を理解してか、たまに煽ったりして楽しんでいる姿も見られる。
しかし、本質はとてもいいヤツで、とあるエピソードで新幹線内で姿を消した本郷を「倒れちゃいないだろうな」と探しに行ったり、出先で外国人や山登り客と友人になったり、連れてる女が毎回変わったりと、相手を思い遣ったり非常に社交的である様子も見られる。
まぁそりゃ、変わり者の本郷と友達になるくらいだ。コイツも変わり者ではある。

とまぁ、こんな登場人物で大体の話は進行する。
そして、食のこだわりには、寿司や蕎麦、うなぎといった定番のモノから、「大衆食堂こうあるべし」みたいな話とかにも及ぶ。
実は、飲み食いしてる店なんかは「孤独のグルメ」と被っている所もあるのだが、切り口が違うから全く違って見えてくる。
例えば、赤羽のまるます家について。
刊行順からすると、孤独のグルメが1995年、食の軍師が2013年となる。

孤独のグルメのまるます家
食の軍師のまるます家

両先生ともに画力が凄い。店内に詰まりに詰まった飲み客の描写は、どちらも是非見て、比べて欲しい。
井之頭五郎は酒を飲めないなりにこの空間を「知らない世界」と感じながら、飯を味わう。

生ゆば
こちらも生ゆば

同じモノを食って、お互いどう評するかっていうのが、面白いところだ。井之頭五郎は酒が飲めないキャラクター。転じて、本郷(と原作者の久住先生)はガッツリ酒飲み。
はてさて、この料理は両者どう思うのか。

井之頭五郎の焦点
本郷の焦点

目の色を変えて飯を吟味するのは、酒飲みも下戸も大して変わらない。
井之頭五郎は美味い飯を食う事に集中するから、目の前の飯に物凄く集中する。腹が減っても腹が満ちても、人への執着は上の空である。
だが、本郷は酒飲みなので、酒を美味く、色々なモノを飲みたいと考えているから、他人を観察している。

モヒートにするべきか?

ジャン酎という飲み方に惹かれて注文するも、後から「モヒート」という亜種がある事に気がついて…という場面。ここいらに食の軍師の面白さが詰まっている。
本郷は「カッコつけ」だから、こういう場面でどうするべきかを迷ってしまうのだ。だから「この後に起こること」で笑えてしまう。
飯や酒を外でやっていて、誰もが一度は体験したかもしれない、ごくごくありふれた事を面白おかしく見ていられる。
それが食の軍師の一つの楽しみ方だ。これは孤独のグルメにはないベクトルである。

と、食の軍師の触りを紹介してみた。力石については、また別の機会に絡めて話せたら。では。

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