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多重録音と「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ」

昭和後期に弾き語りをしていた人の多くがそうしていたのではないかと思うのだけれど、ラジカセ2台を使っての多重録音を、僕もよくやった。ラジカセAに弾き語りを録音し、それを再生しながらラジカセBにコーラスやギターを重ね録りするというものだ。音量を合わせるのが難しかった。音は相当にひどかったと思うのだけど、ひとりでハモれることの喜びが大きくて音質のことは気にしなかった。

中学1年生の英語の教科書に、PPM(ピーター・ポール&マリー)の「花はどこへ行った(Where have all the flowers gone?)」の譜面と歌詞が載っていた。「田辺くん、教材に使いたいのでこの曲を歌って、カセットテープに録音して来てもらえる?」と先生から頼まれた。どうして僕の趣味を先生が知っていたのだったか、思い出せない。

曲を知らなかったので困ったが、教科書の譜面を見ながらギターで音をとって適当に歌った。ラジカセ2台を使いサイモンとガーファンクルとか、チャゲ&飛鳥のイメージでハモりを重ね、さらに間奏のギターも重ねた。

できあがったカセットを提出すると、先生はとても喜んでくれた。教卓に置いた平べったいポータブルカセットプレイヤーで、ガチャ(再生ボタンを押す音)ガチャ(停止ボタンを押す音)キュルキュル(巻き戻す音)と、授業のたびにかけてくれた。友だちの反応は「これほんとにナベの声?」「なんで二人いるの?」というようなキョトンとした感じだった。

高校生になると、入学祝いにもらったお金でTEACから出ていた4チャンネルのカセットテープレコーダーを買った。バランスとかノイズのことを気にせずに多重録音ができるようになり、音質もグッと向上した。

その当時、学習雑誌や参考書を出版している旺文社主催で、高校生のための作詞作曲コンクールをがあった。審査員に、財津和夫さんや尾崎亜美さんのお名前があったように覚えている。作詞部門の審査が先に行われ、入選した歌詞が課題として載っていたので、それに曲をつけた。

TEACのレコーダーにマイクを挿し、メトロノームを遠くで鳴らしながらギターを弾いて録音した。ピアノを重ね、母親の三面鏡用の丸椅子をドラム代わりにスティックで叩き、ヤマハのポータサウンドでイントロをつけ、歌ってハモったものを送ったら入選した。賞品として学校には立派なオーディオコンポが贈られたようなのだけど、僕にはラジカセだった。これは生徒ではなく、学校と旺文社のためのコンクールだったんだなとつまらない気持ちになったが、先生が教室でテープをかけてくれて、友だちの喝采も得られたのでうれしかった。

大学生になり、その4チャンネルのカセットレコーダーで、最後に録音したのがこのRCサクセションの歌だったと思う。


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