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がんばれ、おねえちゃん

 あいかのママのおなかが少しずつ大きくなりはじめたのは、あじさいの咲く雨の季節でした。
(ママはごはんを食べすぎたのかな。)
 あいかはふしぎでした。
 でもママはとってもうれしそうで、楽しそうにしているのです。パパもママにとてもやさしくしています。
 あいかはママにきいてみました。
「ママのおなか、大きくなったねぇ」
 ママはとてもうれしそうに笑って言いました。
「うふふ、あいか。おなかのなかには何が入ってると思う?」
「うーん、今日食べたハンバーグかなぁ」
「あはは、ハンバーグもだけど、もっと大切なものがいるんだよ」
「大切なもの……?」
「そうだよ。おなかのなかには赤ちゃんがいるのよ」
「赤ちゃん!」
「そう。あいかは、おねえちゃんになるのよ」
 あいかは、はっと目を大きくひらきました。ママのおなかのなかに赤ちゃんがいて、あいかはおねえちゃんになるというのです。
 ママも、にこにこ笑っています。
「あいかは、おねえちゃんになる。あいかは、おねえちゃん」
 あいかはぴょんぴょんはねて、歌をうたいました。
 そこへパパが帰ってきました。
「おお。あいか、じょうきげんだな」
「うん。だって、ママのおなかには赤ちゃんがいて、あいかはおねえちゃんになるんだよ」
「そうか。ママからきいたんだな。あいか、おねえちゃんになるんだから、もっとしっかりしなくちゃいけないぞ」
「しっかり……?」
「そうだ。好ききらい言わずに、ごはんを食べたり、いやなことはいやだって言えるようになることだよ」
「うーん」
 あいかの心のなかに、きらいなピーマンと牛乳、ようちえんでいつもいじわるをしてくる、けんたくんの顔がうかびました。
「だいじょうぶ! 心配ない。あいかは本当は強い子なんだから、いやなことをいやだって、言えるようになるよ」
 あいかのひょうじょうがくもったので、ママがやさしく声をかけてくれました。
「そうだぞ、あいか。きっと言えるようになるよ。未来のおねえさん」
 パパの力強い声をきいて、あいかはなんだか本当にけんたくんにも、「やめて」って言えるような気がしてきました。
「あっ、今赤ちゃんがおなかをけったよ」
「えぇっ、本当?」
 あいかは急いでママのおなかをさわりました。
(本当だ!) 
 おなかのなかがとくっと動いてます。
「赤ちゃんも、あいかをおうえんしているのかも」
 ママがほほえみながら言いました。
 あいかは、なんだか心がほかほかしてきて、がんばれそうな気がしてきました。

 次の日、あいかは元気にようちえんに行きました。
 でも、あいかわらず、けんたくんはあいかにいじわるしてくるのです。
 あいかがえほんを読んでいると取ったり、砂場で遊んでいると砂をかけたり。
 あいかはやめてって言おうと思うのです。
 でも、声が出てきません。
 かわりに涙がぽろぽろこぼれます。
「あいかの泣き虫―。べそべそあいかー」
 けんたくんのいじわるな声がきこえます。
 ますますかなしくなって、あいかはぽろぽろ泣いてしまいます
 そのとき、どこからか声がしました。
「あいかねえちゃん、泣かないで」
あいかはびくっとして泣き止みました。
「だれ?」
 あいかがつぶやいてあたりを見回すと、お迎えに来ていたママを見つけました。
「あいか、また泣かされてたの? ちゃんと、やめてって言えた?」
「ううん。言えなかった。言えなかったけど、あのね…」   
 あいかは、さっきの声のことを言おうとしました。
「そっかぁ。なかなか勇気が出ないね。あいかにママから元気虫あげるね。こちょこちょこちょ~」
 ママがくすぐるので、あいかは大笑いしてしまい、さっききこえた声のことをわすれてしまいました。


 日ようびのおひる、あいかはおひるねをしていました。
 外はくもり空だったけど、風が吹いて気持ちのいいおひるでした。
 少しつよい風がまどから入ってきて、あいかは目をさましました。
 ママはさっきまで、あいかにこもりうたをうたっていたけど、あいかといっしょにねむってしまったようです。大きなおなかを横向けにして、すーすーとねいきを立てています。
 あいかはママのおなかにさわってみました。
(このなかに赤ちゃんがいるなんて。赤ちゃんがうまれたら、あいかはおねえちゃんになるなんて)
 あいかはふしぎでたまりません。
「赤ちゃん、ちゃんとうまれてきてね」
 あいかは思わず、そうつぶやきました。
 そのとき、おながが動いて、また声がしたのです。
「うん。ぼく、がんばるよ」
 あいかはびっくりしました。
 おなかのなかの赤ちゃんがしゃべったのです。
「赤ちゃん、しゃべれるの?」
 あいかはおどろいて、ききました。
「うん。あいかねえちゃんも、がんばって」
 とても、やさしくてかわいらしい声でした。
 あいかは、おなかに顔を近づけ、
「うん、おねえちゃん、がんばる」
 と、ちょっと、大人ぶってこたえました。
 ママのおなかがぴくっぴくっと動きました。


 次の日、ようちえんで、あいかが、おえかきをしていると、けんたくんがいきなりクレヨンをとりました。
 あいかはまた泣きそうになりました。でも、そのとき、昨日の赤ちゃんの声を思い出したのです。
「おねえちゃんも、がんばって」
 ママやパパのことばも思い出しました。
「あいかは強い子なんだから」
「未来のおねえさん」
(みんな、あいかのことおうえんしてくれてる)
(がんばらなきゃ)
 あいかは勇気をふりしぼって言いました。
「けんたくん、やめてよ」
 とてもとても小さな声だったけど、きっぱりと言いました。
 すると、ふだんとちがって泣かないあいかを見て、けんたくんはぎょっとしたような顔をして、どこかに行ってしまいました。
 やった。やったよ。ママ、パパ、赤ちゃん。
 あいかはなんだか、ほこらしげな気持ちになりました。

 
 その日の夜、あいかはパパとママにさっそく今日のことを話しました。
「あいか、泣かなかったんだよ。やめてって言えたんだよ」
「そうか、あいか、よくがんばったなあ」   
「あいかは、やっぱり強い子ね」
「うん!」
「あっ。また、赤ちゃんがおなかをけってる。きっと赤ちゃんもうれしいのね」
「あのね。あいか、赤ちゃんの声をきいたんだよ」
 あいかは思い切って言ってみました。
「ええっ。赤ちゃんの声を?」
「うん。それでね。そのことを思い出して、がんばれたんだよ」
パパもママもしばらくぽかんとした顔をしていました。
「本当だよ。ほんとに赤ちゃんの声をきいたの」
「そうか。それで、がんばれたんだな。赤ちゃんのおかげだな。赤ちゃん、ありがとう」
 パパがえがおで言いました。
「そうね。赤ちゃんに、ありがとう、ね」
 ママもにっこりして言いました。
「うん、赤ちゃん、ありがとう」
 あいかも、ママのおなかをなでながら言いました。とくっとくっとおなかが動きました。


 コスモスの咲くころになりました。
あいかはようちえんに行ってもいじめられなくなりました。けんたくんも今はとおくから、あいかを見ているだけになりました。
 今では、あいかがようちえんから帰ると赤ちゃんがいてくれます。
ふにゃふにゃとして、あいかに、にてよく泣くけど、とっても元気で、ママのおっぱいをよく吸います。

 赤ちゃんの名前は、「勇気」です。

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