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かおるとまりものこと(1)90年代

雑誌『アニース』1997年冬号に掲載した、戸崎美和さん撮影による第3回レズビアン・ゲイ・パレード(1996)参加者のポートレート。そのなかのひとりとして誌面に登場してくれたのが、当時まだ19歳だったかおる(そういえば、そのパレードの後のプライド集会で実行委員のひとりが参加者に向かって「レズのくせに」と発言し、問題になったのだけれど、それはまた別の話)。写真のなかの10代のかおるは、なんの曇りもないピカピカの笑顔を浮かべてる。
細かい経緯は忘れてしまったけど、かおるは編集部に遊びにくるようになって、編集スタッフみんなが苦手で手がまわらなかった広告営業を手伝ってくれたり、2002年冬号の表紙を飾ってくれたり。
二丁目のお店の中二階みたいな狭小謎スペースで「リトル」というお店をやっていた時期もあった。

『アニース』は低予算雑誌でたくさんの方の手を借りていたし(宇佐美翔子さんやDQのチッコーネさんらにもお世話になりました)、わたしたちは超多忙で、かおるとゆっくりご飯を食べた記憶もないし、正直、すごく親しい友人だったかというとそういうわけではなかった。

SNS経由で交流が復活したのがいつのことだったかも覚えていない。わたしはあまり自分から友達申請をしていないので、かおるがわたしを見つけて、申請してくれたんだと思う。
メッセンジャーに残っている最初のやりとりは2019年8月。
その後、LINEでもつながって、FBやインスタでコメントをやりとりするようになった。

2020年春、最初の緊急事態宣言の頃、「顔が見たいよー」と連絡がきて、ビデオ電話で顔を見ながら話した。
当時せっせと作っていた布マスクを欲しいと言ってくれたので送ってあげて、「白い糸もゴムも売り切れなんだよ」と言ったら、ムーミンの布地や病院の売店で買ったサラシ生地や糸をどっさり送ってくれた。
新潟の地酒も送りたいと言ってくれたけど、かおるはすでに肝臓を悪くして闘病中だったし、お酒はダメだよ~と遠慮すると、日本酒を使った梅酒を送ってくれたっけ。

実家のある新潟に戻っていて、「遊びにきてよ。美味しいお店に案内するよ」と言ってくれていたのに、コロナがあったり、ノーマルタイヤで雪道を走れなかったり、仕事が立て込んだり、かおるが入院してしまったりで、結局、会いに行くことはできなかった。

ずっと、かおるから受け取るばかりで、十分なお返しができていない気がしてた。
ムーミンの布はもったいなくて、ちょっとかわいすぎて、何か作ったら見せようと思っていたのに、コンビニ袋ふうのエコバッグはあまりいい出来ではなくて、ちゃんとお礼も伝えられなかった。

いつもひょうひょうと軽口ばかりで、弱音を吐くこともなくて、ほんとのところどれぐらい悪いのか、聞くことができなかった。

続く。
※写真撮影は戸崎美和さん。無断転用ごめん。

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