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日記3月11日 自分の取説。

幼児のころから感じていたこと。

どうやら自分は、嫌いなことを我慢せず、逃げるタイプだな、ということだろうか。

避難するタイプ。びびり。こわがり。

嫌な子がいると、よく隠れていた。


自分はそうだ、と自覚しつつ、一方で「自分は男らしくない、なよなよした奴だ」という自己ジェンダー評価も行っていた。

男らしくせよ、という言葉を、幸い両親はあまりいうことはなかった。これはありがたいことだと、思っている。親ガチャでいうと、その点では当たり、かもしれない。

それこそ小学校低学年から、世間でどう対応してゆけばいいのか、ということを、そのことばかりを考えてきた気がする。

そして根本の気もち、これは、

世間とあまり関わりたくないなあ

である。


できれば仕事もしたくないなあ。


というのもあった。


その点で両親の教えは、

「なんとか稼げる仕事をせないかん」


である。

「貧乏にはならんように」


という感じである。そういう観点で職業を選ぶべきだ、ということをぼんやりと言われていた。


先生はあかんで。


とも言われた。


あれは貧乏や。


祖父が教師であった人にそういわれると、説得力がある。


まあ、あまり人と関わるのが苦手なので、先生はそもそも無理だろう。先生以外からだと、なにかなあ。。。まあ、よくわからんが「サラリーマン」か。


そう思っていた。


そして今、サラリーマンだ。とてもかっこよく「ビジネスマン」を名乗る感じではない。


弟は教師になった。


もしかすると、やはり教師の血筋かもしれないが。

(先生、というのも大変なようですね。。)



お志本当に嬉しく思います。インプットに努めよきアウトプットが出来るように努力致します。