2月19日#日記 アガンペンと日常と非日常。
アガンペンの名を知ったのは、どのような契機からだったろうか。
あまり記憶がない。去年のことだったか。
旧制高校に憧れるひとが作った高校に通っていた。
だが、私自身は、いったい旧制高校とはなんなのか、という知識はまるでなかった。だがどうやらいわゆる高踏的気風を尊び、「デカンショ、デカンショ」と雪かき時の掛け声のような呪文を唱えて夜も眠れぬ、という感じであるという気配を、ぼんやりと理解した。
デカンショ、というのはデカルト、カント、ショーペンハウエルのことであり、実世間から離れて「哲学」をありがたがる気分を、こうした土着の音に変化させて揶揄した都都逸の言葉であった気がする、はっきりと覚えていないのであるが。しかし茶化しつつ、どこかその立場をうらやむ気持ちが裏にあるのを感じるところだ。まあ、「いいご身分ですな」というやつだろうか。
旧制高校から大学に進む人間の割合が、極端に少なかった時代の空気であろう。
さて、そうした理想で作った学校であれば、さぞや哲学などを嗜む生徒がわらわらいるのかとおもいきや、どうやらやはり最近の傾向からか、男子生徒は理系であるのが当たり前、文系は主に女子が行け、という無言のルールが感じられた。
とうことで、周りでカントのことを聞くことは絶えてなかった。個人的にはマンガより、「コギト エルゴ スム」をやっと呪文のように学んだ程度であった。
思うに旧制高校時代のそうした雰囲気は、やはりドイツロマン主義の影響を受けるものだろう。漱石や鴎外、欧州への留学を経た人たちの著作が民衆の人気を得る。そこからそこはかとなく感じられる長い思索の歴史に、憧れる気もちが広く蔓延していたのだと思う。それは結構うらやましい空気であるし、わが母校の創立者がそれを再び目指したい、と思われたことはなんというのか、「いいこと」であると、いま長い年月を経て感じるところでもある。
アガンペンのことであった。
そうした旧制高校に憧れる創立者の作った高校に行ったものの、主に哲学よりは漫画と幻想文学の日々であった。そこから哲学へと向かうには、池田晶子さんの諸著作に接するまで、まったくといっていいほど機会がなかった。
というよりはこうだろう。文章を読むことは好きではあるが、例えば当時は小林秀雄の文章には全く歯がたたなかった。小林を敬愛される池田さんの文章を読んで、なんとか小林を読み進めることができてわかった。小説と比べて、一つの文に込められた思想の密度が違うのだ。断然、違うのだ。
これは別にどちらの文章が上等なのか、というような話ではない。赤色が赤く、白色が白い、といったような単純な差異だ。漫画や幻想文学を大量に日々読み進める日々に接する文章は、とにかく一瞬で意味を把握し、進んでゆくべきものであったのだ。
ただ、そのことがわかってよかったのは、いわゆる「哲学書」を読んで、意味がわからなくても、「そういうものだ」と思ってあきらめにくくなったことだ。そもそも難解、哲学者本人も絞り出すように自らの思想をなんとか文字にしようとしているのであるから。
アガンペンの「ホモ・サケル」、これは”サケル”が政治的に放逐された、「聖なる」という語で体よく法治のそとに放り出された人を指す、と勝手に理解している(違うかもしれない)。
おおまかにいえばアガンベンは、人間の領域を「ゾーエー」と「ビオス」という二つに分類している。「ゾーエー」とは、端的にいえばただ生きているだけの「剥きだしの生」である。もっとも原初的な形態をも含むわれわれの自然的生がそれにあたる。「ビオス」とは、法や言語に代表される、制度化された生の側面を指す。
P.58 食べることの哲学 檜垣立哉 2018 世界思想社
アガンベンのいうように、日常には非日常が潜んでいる。いや、基本的にはほとんどすべてが「非日常」であるのだが、そのことがあまりに苛烈である、との予感から、人は逃げるように「日常」があると信じ、逃げ込んでいるのではないだろうか。
例えば、「生と死」。食べる、という行為の裏に張り付いている、「他の生物の死」のようなもの。
これを見ないように、なかったようにする心持ちが、「日常」を作り、私もあなたもそこに逃げ込んであまつさえそれに疲れ病むことさえある。
それでもそれは「まだましなもの」であり、アガンベンのいう「剥きだしの生」、逃げ場がない「ただそうであること」に常在させられるよりは、いくぶんましなものなのである。
人はみな、それを知っている。知っていて、忘れようとしている。なかったことにしたいと、思っているのだ。
(非日常=深い穴、陥穽、という感じですね)
お志本当に嬉しく思います。インプットに努めよきアウトプットが出来るように努力致します。