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本当は、もう65年生きている

誰得な情報だが、私は37歳になったばかりだ。
4月生まれだけど、早産だったため、
本当は5月が予定日だったらしい。

どこからが生命なのかという議論はさておき、
私という細胞レベルの存在が誕生したのは、
38年前の夏頃だろう。

しかし、私の元となる細胞の半分、
私の母由来の卵子は、母が胎児として、
私の祖母のお腹の中にいるうちにできたものだ。
卵子は、胎児期に卵巣ができる際に作られて、
その後適齢期を迎えるまでは、
卵巣で眠り続けることになるからだ。

今年65歳を迎える母。
だから、私の生命の半分は、
もう65年も前からこの世に存在していることになる。

不思議でならないが、そんなに生きているのだ。

一歳7ヶ月になる娘だってそうだ。
私が娘を授かったのは34歳のときだから、
34年も眠り続けた細胞の中から、
元気な細胞がポコっと出てきのが、
娘の一部になったのだ。

そして娘の卵巣にもまた、
未来の孫になるかもしれない細胞が眠っている。

そう考えると、なんだか自分や娘の存在が不思議でたまらなくなるし、娘にはなるだけ変なものを体に蓄積させたくないなと思う。

まぁ、将来私みたいに、
怪しげな薬品やウィルス、放射性物質なんかを
使う道を選択されたら、止めはしないけど。
でも、私が娘を守ってあげられる間は、
なるだけ守ってあげたいなと思う。

そう思うと、せっかく親が健康に産んでくれたのに、私はなんて親泣かせな娘なんだろうか(笑)
実際、私が親から何か文句を言われたことはないから、うちの親がよっぽどできた親か、
それとも娘がやってる怪しげな研究なんてどうでもいいかのどちらかだろう。

18歳で親元を離れるとしたら、
一緒に暮らせるのはあと17年しかない。
17年前、自分が20歳になった頃って思うと、
本当にあっという間に過ぎてしまう。

親が守ってあげられる時期なんて、
一生のうちの本当に短い期間。
毎日精一杯だと忘れてしまうけれども、
大切に過ごしていこう。

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