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永住権が取れた日のこと

豆と小鳥エピソード137はバクとナミンで「お泊りの夜」をテーマにはなしています。


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1995年夏、おっちゃんが仕事をゲットし、
バンクーバーに移住した当初は永住権を取得することは考えてなかった。
数年、滞在できたら満足するだろう、
カナダにいる間に英語を頑張って勉強して、
日本に帰ったら英語を使った仕事をしよう。
そんな風に思ってた。
当時、私は32歳でおっちゃんは39歳。

でもね、人の気持ちは変わるもんです。
半年くらい経った頃、ずーっとバンクーバーで暮らしたいなぁと言う気持ちが高まってきた。
なんと言っても楽ちんだった。

素の自分のままでいれる。
頑張る人には門を開け応援してくれる社会。
国籍、年齢、性別で判断されることがほとんどない。
海、森、渓流、
大自然と都会が美しく調和してる多国籍な街、
バンクーバーに私は恋をした。

カナダの永住権は学歴や職歴にそれぞれポイントがついており、
それを加算してある一定以上のポイントになると合格になる。
当時、英語のテストはなかったけど、
今はIELTSと言う英語検定テストである一定のポイントを取らないといけないみたい。

前職がシアトルのカナダ領事館の移民局のスタッフだった故、
強力なコネクションを持つ、
恐ろしく上品で美しいインド系カナダ人の
おばちゃんのカウンセラーさんにお願いして、
永住権の申請を開始した。

おっちゃんと私の履歴を見てもらって、
おっちゃんの方が適してると言うことになり、
おっちゃんが申請者になり、
私は彼が取得したら芋づる式に永住権がもらえる。
カウンセラーさんには4000ドルお支払いさせてもらった。
今の相場はもっと値上がりしてるんだと思う。

なんやかんや書類を集めて、
移民局に提出したら後は待つしかない。
この期間、約一年半。
性格がイラチ(すぐイライラする)かつ心配症の私は「待つ」ことが苦手。

提出して一年くらいたってからは、
毎日、ポストを開ける度にドキドキし、
しょんぼりした。
この待ち時間は人によってマチマチで
8ヶ月の人もいたし、
2年以上かかった人もおりました。

夜中に移民局に潜入して、
うちらの申請書類が紛失していないか確認したり、
書類を朝イチ処理の優先事項トレイの1番上に置けたらいいのになーっ
と妄想しつつ、ジリジリと待ちました。

永住権が取れたら、どこででも働くことができる。
医療費も無料になる。
もし出産したら、お子はカナダ人になる。
自分たちの頑張り次第で 
世界はどんどん広がってくに違いない。
自分たちで道なき荒野に道を開く
開拓者みたいな気分だった。

待ちくたびれた頃にシアトルのカナダ領事館で
最終面接の日が決まった。
バンクーバーから南下、クルマで2時間ちょいのアメリカ、シアトルに
カナダ初代のマイカー、緑のカローラを走らせ、
前日から領事館近くのホテルに泊まる。
高まる緊張感。どうにも落ち着かない。
だって明日は人生の分かれ道。

この面接も15分の人もいれば2時間半の人もいるらしい。
カウンセラーのお上品おばちゃんは私のクライアントやから、
失敗しなければ大丈夫。
いつものあなたたちで大丈夫って言うてくれたけど、
人相の悪いおっちゃんが第一印象で面接官に嫌われたらどーしよーなどと、
今更、どうもできないことがクヨクヨと心配になってきた。
ところが人相の悪い当人のおっちゃんは普段通り、
高鼾をかき、
すぐに熟睡体勢に入り、私はひとり悶々と長い夜を過ごした。

面接当日は冷たい小雨が降っていた。
面接官は20代前半の育ちの良さそうなお兄ちゃんで、
びびっていた面接時間はたったの約5分だった。
意地悪な質問は皆無で、私が唯一、尋ねられたのは
「カナダで赤ちゃん作る予定ですか?」で
「I’m not sure right now, but maybe in the future」と答えたと思う。
お兄ちゃんは終始、機嫌の良い笑顔で
「おめでとう、合格です」と言い、
私たちとしっかりした握手をしてくれた。

呆気なく面接は終わり、
私たちは無事、永住権をゲットすることができた。
取れてしまえば、なんてことはなくて、
すぐにいつもの日常が戻ってきた。

早く働きたかったので、直ちに熱心に就活を始め、紆余曲折の末、ダウンタウンのホテルのフロントデスクの仕事に決め、意気揚々とバンクーバーでの生活第2章が始まった。
あれからもう28年がたとうとしている。
あと4年したら、日本よりカナダでの人生が長くなる。

日本もカナダ、それぞれいいところと、
もひとつなところがあるけど、
私はバンクーバーで生きる選択をしたことを全く後悔していない。
もちろん、いいことばっかりではなかったし、
日本に住んでいいたら経験することのなかった
くやしい思いも時折、してきた。
これからだって、いいことも嫌やなことも両方起こると思う。
それでも新しいことに挑戦する機会をたくさん与えてくれ、
私が私でいることを受け入れてくれた懐の深いバンクーバーのおかげで
今の私がここにいるんやなぁと思います。

やりたいことがあったらした方がいいと思います。
失敗したとしても、しなかったことを後悔するより
ずーっといいと思います。
やりたいことをやったら、そっちの方向でハッピーになるために
肩にあんまりチカラを入れないで頑張るしかない。

自分の選択を信頼して。

お布団の中でヌクヌクを楽しみながら
チューリップの球根を庭に植えながら
おでんをゆっくりグツグツ作りながら
お聴きくださったらうれしいです。

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