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はなしの止まり木#6 ヌクヌク

キリリと晴れた金曜の朝、おはようございます!
豆と小鳥、はなしの止まり木#6は創作小話『ヌクヌク』をお届けさせていただきます。

いつものように
作:ナミン
朗読とサムネイラスト:バク
です。

カラダもココロもポカポカになりますように!

ポッドキャストとyoutubeはこちらからどうぞ

たいしたことない大学で大半の時間を寝ぼけたように過ごし、
特に楽しいこともなく特に辛いこともなく無難に卒業した。
パッとしない薄曇りみたいな4年間。
バイトし、サークルに入り、時々、合コンなんかにも参加してみた。
青春ってこんなもんなんだろかって時々、頭をよぎったけど。

給与、有給休暇、福利厚生のみをチェックして
みんなと同じように適当に就活した。
嘘三昧+はったりモリモリやったのが、
人事のプロにはバレバレやったんやろ、
内定をもらったのはこの一社のみの惨敗の結果。

有限会社「ヌクヌク」、腹巻の会社に私は就職した。
従業員5名の零細企業。非常にしょぼい、しょぼすぎる。
この度、私が入社したので現在は6名の社員となった。
この会社ではクライアントと対面し希望をしっかりヒヤリングし、
社員が一枚一枚、手編みの腹巻を編む。
これぞニッチ.マーケットの極み。
昔、社会で習った「家庭内手工業」はまだここに生きていた。
採用された理由は「趣味:編み物」に尽きるに違いない。

社屋はビルではなく一応、東京都内には位置するが、
どこからみてもド田舎の古民家に所在している。
社屋には日本昔話みたい天井の高い部屋に囲炉裏もあり、
ランチタイムには社長の奥さんが
豚汁をあっためてくれたりする。

社長さんは優しいカバのような風貌の男性で、
おおらか風ルックスとは反比例した繊細で長い指の持ち主で
細い毛糸で編むのがお得意だ。
以前は大手広告代理店でコピーライターをされていたとか。
「心身の健康はあったかいお腹から始まる」を自身が冷え性改善の際、
腹巻きで体感したのをきっかけに脱サラし起業された。
奥さんは頭の切れるリスのような可愛い方で、効率よく動く機能性の高い方だ。彼女の編み物は色使いが斬新で「ほぉ、そうきましたか」と驚きに満ちている。

通勤が都会とは逆方向とは言え、あまりにも時間がかかるので入社を機に
実家暮らしを卒業し、初めてのひとり暮らしを始めた。
会社に徒歩15分で行けるアパートに引っ越し、
食パンみたいなカタチの軽自動車を購入した。
部屋の窓から田んぼと山しか見えない。
視力回復にはもってこいの緑の景色にカエルの声がBGM。

他の3名の社員は近所に住む60歳越えの女性2名に男性1名だ。
シニア層に合わせて就業時間は朝7時半から午後3時半。
人生がひと段落した後で趣味を活かすことができて、
人のお役に立てるヨロコビが3名様ともたまらんようで、
社風は明るく健全そのもの。
早起きのシニア層に合わせ、就業時間は朝7時半から午後3時半まで。
ランチは奥さんが作ってくれるのと社員が前日の晩御飯のおかずの残りを持ち寄り、囲炉裏を囲んでみんなで食べる。
栄養バランスは素晴らしくバラエティに富んでいるので、
自炊に慣れていない私は大変、助かっている。
私もいつの日か、自慢の一品を持ち寄ってみたいものだ。
社訓の「人の悪口は言わない、聞かない」「休憩時間には休憩する」
はきちんと守られており、
ピースフルな和んだランチタイムを私たちは過ごす。
編み物で肩が凝った人には誰かが肩をもみ、庭でストレッチ体操をしたり、
縁側で短い昼寝などをしてちゃんと休む。


意外なことにオリジナル腹巻をオーダーする10代、20代が結構いることを入社後、知った。
私を新卒採用したのは若い人の腹巻は若い人が編んだ方がいいだろう、
センスも違うしさー、気持ちもわかるしねってことらしい。

クライアントさんは古民家社屋を訪れ、
縁側で担当者とお茶を飲みながらゆっくり話をし、
その日は社屋兼Airbnbに1泊する。
豪勢ではないけどリス妻とカバ夫共作の
採れたての新鮮な野菜をふんだんに使った食事を食べていただく。
帰る時にはみなさん一様に足取りが軽くなり輪郭が少し濃くなっている。

まだ働いて半年を過ぎたくらいだけど、
この会社で働きはじめたことは
マイライフに起こった最大級のラッキーだと感じている。
歳の近いクライアントの話をじっくり聞かせてもらうことで、
共感したり新しい視点を気づかせてもらったり、
自分自身の今までを振り返ったり。
ひとつとして同じ人生がないこと、
人それぞれにいろんな感情があることを私は知った。
大好きな編み物をしてお給料がいただけ自活することができ、
さらにクライアントの方からお礼状が届いたりもする。
本当の意味でヌクヌクさせてもらっているのは私ではないの?と思ったり。

就活期間は「就職したら辛いことは当然、あるんやろなぁ、
まっ、仕方ない。それが社会と言うもんや」と諦観していたけど、
いい意味で大きくはずれた。

ヌクヌクで働き始めてから22歳なのに身長が伸び3キロ痩せた。
就業時間に合わせて早寝早起きするようになり心身ともに健康になり、
コンビニでお惣菜を買うこともなくなった。第一、近所にコンビニはない。
余暇の時間がたっぷりあるので社長から本を借りて読書するようになった。
月の満ち欠けがちゃんとわかるようになり、
小さなベランダではプチトマトを育てている。
社長をはじめ、社員のみなさんは私を娘もしくは孫のように可愛がってくださり、時々、ちゃんと叱ってくれる。

今まで満たされていなかった部分がどんどん潤ってきているのを体感している。それまでどの部分が渇いていたのかさえ自覚できていなかった私は今、幸せだ。



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