見出し画像

人権尊重はサステナビリティ経営の基盤

9月25日付日経新聞の社説で「企業は人権問題への対応急げ」と題する記事が掲載されていました。「企業活動において人権尊重は不可欠な要素。人権尊重に積極的でない企業は評判を落とし、製品やサービスの競争力を失う。米欧では人権を軽視する企業が、取引から締め出されつつある」という内容です。

2011年に全ての国と企業が尊重すべきグローバル基準として、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」が国連人権理事会で承認されてから10年余りが経過しました。

企業の人権問題が多様化・複雑化

各国で指導原則に則った国別行動計画や法規制が施行され、グローバル企業を中心に人権方針の策定、人権デュー・ディリジェンス(企業活動に関連する様々なステークホルダーの人権への負の影響を特定し、防止・軽減し、取組の実効性を評価し、対処方法を説明・開示するための継続的なプロセス)の実施などの取組が進んでいます。

一方、企業が考慮すべき人権問題の対象が多様化し、問題の複雑性も増大してきています。従来は企業が取り組むべき人権問題として、職場(サプライチェーン含む)でのハラスメントや差別、強制労働・児童労働などが認識されてきました。

最近ではこれらに留まらず、AIや生体認証などテクノロジーが引き起こすプライバシー侵害や差別、環境・気候変動に起因する人権問題(地域住民の強制移住等)なども企業が関与すべき人権問題という認識が定着してきています。

最近では、新型コロナウイルス感染症の蔓延及びそれに伴う企業活動の停滞が、サプライチェーンを遡って様々な人権問題(解雇、賃金不払い、労働安全衛生の軽視等)を誘発しています。

さらに企業は、国際政治リスクや地政学リスクに関連した人権問題(中国新疆ウイグル自治区での少数民族に対する強制労働、ロシアによるウクライナ侵攻に伴う様々な人権侵害など)への対応も迫られています。

日本及びEUの動き

このようなビジネスと人権を巡る潮流を踏まえ、国内外の動きが活発化しています。2020年10月、政府は「ビジネスと人権に関する行動計画(2020-2025)」を公表し、企業に対して人権DDの導入、苦情処理の仕組み構築などを求めています。

2021年6月には金融庁・東証の「コーポレートガバナンス・コード」が改訂され、取締役会が取り組むべきサステナビリティ課題の1つとして人権尊重が明記されました(補充原則2-3①)。

9月13日、政府はパブリックコメント(8月8〜29日)を経て、「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」を公表しました。本ガイドラインは、日本で事業を行う全ての企業が対象であり、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」OECD多国籍企業行動指針及び ILO多国籍企業宣言をはじめとする国際スタンダードを踏まえ、企業に求められる人権尊重の取組について、具体的かつ分かり易く解説されたものです。

EUでは、2022年2月、加盟国内企業及びEU域内での事業実態を有する企業を対象に、企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令案が公表されました。採択された場合、2年以内に各国国内法が整備され、運用が開始されます。これにより、EU域内外を問わず一定規模以上の企業は、自社と子会社に加えて、関係性の強い取引先に対しても環境・人権デュー・ディリジェンスが求められます。

企業は成熟度に応じた取り組みの展開を

人権尊重への取組は、持続可能なビジネス展開及び国際競争力強化の面でも不可避なものになってきています。企業は、自社の存在意義と長期ビジョンを踏まえ、今後の方向性を戦略的に検討することが重要です。

7月5日、一般財団法人 企業活力研究所が、2021年度CSR研究会報告書「持続可能な社会における『ビジネスと人権』のあり方に関する調査研究」を公表しました。

ビジネスと人権を取り巻く最新状況が多面的に分かり易く整理されていると共に、企業が自社の現在地を把握し、進むべき方向性を検討する際の指針として「ビジネスと人権の取り組みの成熟度の3つのレベル」が示されています。

レベル1
・中小企業を含むあらゆる企業が速やかに取り組むことが求められるレベル。
・目指すところは、国際的に求められるビジネスと人権の内容を理解し、指導原則が求める人権方針の策定、人権デュー・ディリジェンスの実践、苦情処理メカニズムの整備に取り組み、PDCAを回す体制を構築した状態。

レベル2
・国内上場企業であれば早晩到達することが期待されるレベル。
・目指すところは、ビジネスと人権の取り組みを継続し、進化させ、経営や事業活動に組み込んでいる状態。人権デュー・ディリジェンスのサイクルを回していく中で、レピュテーションの向上や従業員のモチベーション向上といった効果も期待できる状況になる。

レベル3
・市場をリードするグローバル企業が到達することが期待されるレベル。
・目指すところは、1次取引先、2次取引先、さらには原材料までサプライチェーンを遡った人権デュ ー・ディリジェンスと集団的な苦情処理メカニズムの構築が、ライツホルダー*との対話を通じて進められ、インパクトを把握していく体制が整備される状況。
*:rights holder。実際に権利を有する人々、人権侵害を受けている/受ける可能性のある人々。NGO/NPOが代弁者となる場合もある。

出典:企業活力研究所 2021年度CSR研究会報告書「持続可能な社会における『ビジネスと人権』のあり方に関する調査研究」

市場をリードするグローバル企業が到達を目指すレベル3では、構造的な人権問題に対し、企業がNGOや政府機関、事業者団体など多様なステークホルダーと協働したコレクティブアクション(サプライチェーンを通した人権デュー・ディリジェンスの実施、集団的な苦情処理メカニズムの構築含む)を主導することが求められています。

また、レベル3では、(負の影響の軽減を最優先としつつ)人権を企業価値創造の源泉として捉えることも必要です。企業は、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンの推進、人権を起点とする新市場の開拓、価値創造に繋がる横断的なルール・仕組みの構築などにも積極的に取り組み、社会的インパクトを発揮していくことも期待されています。

多くの日本企業が、経営トップのリーダーシップのもと、政府のガイドラインや本報告書等を参考にしながら、サステナビリティ経営の基盤となる人権尊重の取組に着手し、取組の成熟度を段階的に向上させていくことが求められます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?