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浪曲台本「仙人になる」

   〽︎進めば道は開けます
    開口一番なんのことやらわからない
    早い話が立志伝
    古今東西偉人変人
    その他大勢有名無名
    いろいろあれど
               今日はちょっと変わった男の話
    まずはわたしのお話を聴いて下さい
    頼みます

ここは郊外江戸から、お江戸東京から電車に乗り継ぎ乗り継ぎと、おおよそ九十分かかります。なかなかどうして遠いとこ。卒のなさだけ売りの友人と、今日も二人でぐだぐだぐだぐだの無駄話。

友人 「そういえばそうそう、あそこの会社どうだった?」
私 「ぜんぜんだめだめ、期待外れ」
友人「就職難もここまできたか」
私 「ここまできたらもう諦める」
友人「サアサア寝ちまおう。夢の中ならいいことあるよ」

困った先の神頼み。深夜のファミレスで、わたしは突然閃いた。山に籠って仙人になる。

   〽︎なんでそんなこと考えたのか
    気付けばここは山の中 
    いつの間にやらわたくしは
    霞を喰らって生きてます
 
仙人は食費かからず良いことづくめ。これぞ天職。皆んなにもその素晴らしさ、広めなくちゃと思い立ち。山下ること久方ぶりで。気付けばそこは大都会。ところがあれれ、何かがおかしい。おかしいのは何なのか、すぐにわかったわたくしだ。
 
   〽︎不審者扱いの
    視線が怖くて逃げだした
    公園のトイレで一息つけば
    あらわれたのは
    サラリーマンの出で立ちの
    中年男性やさしそう
 
中年男性「おお、どうかしたのか青年よ」

かくかくしかじか語りだす。何も言わずにわたくしの肩にまわす男性の、腕の感触やわらかで。そしてわたしを抱きしめる。
 
   
〽︎ここはニッポン
    いいとこあるな
    そう思ったのも束の間のこと
    サラリーマンは喘ぎだす
    これはいけない変質者
 
慌てて逃げだすわたくしは、世のなかのあらゆる人にしあわせになって欲しいと、転職を勧めようかと思ったが、そんなことは人から見ればおせっかい。

   〽︎何事も押し付けるのは
    良くないことと
    山に戻ることにした
    つい先日仙人になった男のお話です


         2023年2月1日初稿 2月4日第2稿  2月5日第3稿

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