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いちばん紳士
最後に挨拶をすると、Hさんは10秒間ほど深いお辞儀をしてくださった。
舌癌stage Ⅳの診断を受け、化学療法をして手術をしてその後放射線治療と化学療法をするというフルコースの治療を完遂された。
担当して開いたカルテには、舌の痛さで喋るのも飲み込むのもしんどいと記載されていた。ご高齢で、喋るのも、そもそも体調もしんどいということは、コミュニケーションが取りづらく、難しそうだなと思った。病室に伺っても、やはり喋ることが苦痛なようで、ああ、話しづらいなあと思った。リハビリ室へ行くのに、マスクをしていただこうと、「すみません、マスクはありますか?」と尋ねた時。Hさんは声は出さなかったが「あっ!」という表情とぴょんと機敏な動きで小走りで急いでマスクを取りに戻ってくださった。その姿はわたしを安心させてくれた。
それから、LINEの画面が見えてしまったのだが、奥さんとかわいいカワウソのスタンプでやり取りしていた。その光景が微笑ましくて、私はカワウソのスタンプユーザーになったのだった。
かわいい紳士だった。
ここまで下書きしていたが、続きができたので書き足し。
先日、Hさんは脱水による電解質調整を調整するため再入院された。腫瘍は自壊して顔の形が変わるほどだったけどHさんは良くも悪くも落ち着いていた。奥さんのために退院するという思いだけで生きているようにみえた。
Hさんのお孫さんは大のおじいちゃん子だそうだ。周りの人を大切にするからこそ周りに愛される人だなあと思った。
さらに書き足し。
最後、Hさんは緊急入院した。そして、入院した翌日に亡くなった。前日まで自宅にいることができて、良かったと思う。最後、これ以上処置をしないとなった時も意識はあって、奥さんと「もういいかな。もういいよね。頑張ったよ」と言いながら、病室で過ごされたそうだ。
私は今もカワウソのスタンプを使っていて、時々Hさんを思い出す。
出会えてよかった患者さんだった。ありがとうございました。
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