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坂本サトル ライブアルバム『In my STUDIO』レビュー

坂本サトル / In my STUDIO (2021年12月16日発売)

坂本サトル / In my STUDIO
※タイトルをクリックすると公式サイトの歌詞パートにジャンプします。
01. 愛の言葉
02. 天使達の歌
03. コーンスープ
04. 半月(新曲)
05. やぶれかぶれ
06. 君に会いたい
07. 夏のクラクション
08. Woman "Wの悲劇"より
09. 木蘭の涙
10. バトン
11. 大丈夫
12. Carcharodon Megalodon
13. アイニーヂュー
Bonus track. 天使達の歌(2021 ラピア live ver.)
坂本サトル『In my STUDIO』

佐藤達哉氏とのアコースティック配信ライブを音源化

昨年12月にリリースされた、坂本サトルさんの最新ライブアルバム※『In my STUDIO』(※’22年7月現在)。
’20年7月4日に、青森市にあるサトルさんのプライベートスタジオstudio mode key blue(スタジオモードキーブルー)で行われた、キーボーディスト佐藤達哉さんと競演したアコースティック配信ライブを音源化したものです。
ライブの経緯等は、セルフライナーノーツに詳しいですが、「コロナ禍を生き抜くための方法の一つとして始めた」という、You Tubeでの投げ銭制・配信ライブとして行われました。

18年以上競演を重ねてきた盟友・佐藤達哉さんとの息があった演奏は、熟練のひとこと。
ピアノとギターだけでここまでエモーショナルに、グルーヴィに表現できるのかといった、音楽的驚きと感動に満ちています。
楽曲の中には即興に近いものもあったとのことですが、まったく気がつかないほど完成度の高いプレイを披露しています。

アルバムには、『愛の言葉』『天使達の歌』『アイニーヂュー』『コーンスープ』『やぶれかぶれ』『バトン』など、サトルさんの初期~近年の代表曲がバランスよく網羅されており、初めてサトルさんのCDを購入する方にもおすすめできる1枚です。
また、新曲『半月』の収録や、『夏のクラクション』(オリジナル:稲垣潤一)『Woman~Wの悲劇より』(オリジナル:薬師丸ひろ子)といったカバー曲の初音源化、以前よりライブでは披露されていたジャズアレンジの『大丈夫』(通称ニューオリンズver.)の初音源化など、長く聞き続けているファンにとっても、聞きごたえのあるアルバムとなっています。

なお、本アルバムは、バンド演奏のライブを収録した4月3日に生まれて』と同時発売されており、サトルさんいわく、「この2枚のアルバムは対になった作品である」とのことです。


イラストレーター・イタガキユウスケ氏のアートワーク

今作では、アルバムジャケットのアートワークを、仙台在住のイラストレーター・イタガキユウスケさんが担当されています。
サトルさんと佐藤達哉さんのユーモラスでかわいらしいイラストのジャケットが目を引きます。
サトルさんの従来のアルバムジャケットといえば、デザイナーの駿東宏氏が手がけていましたが、駿東氏は自身の作品作りに集中するため商業デザインを引退したとのこと。
そこで、過去にサトルさんが楽曲提供を手掛けた、tbc東北放送のアナウンサーとラジオパーソナリティ・ロジャー大葉の音楽ユニット「マイクブレイカーズ」のCDジャケットを担当したイタガキさんと、今回ふたたびタッグを組むことになったそう。
サトルさんが裸足で歌っている様子をジャケットに表現していたり(ライブでは本当に裸足で歌っている)、サトルさん愛用のランプシェードが登場したりと、ユーモラスなイラストがファンの心をくすぐります。
サトルさんは、’14年に青森に移住して早8年になりますが、地元のラジオDJとして長年活躍し、より親しみやすさを増した現在のサトルさんの雰囲気と、イタガキさんの温かみのあるイラストがよく合っていると思います。

なお、同日発売の『4月3日に生まれて』および、’21年12月3日発売・伊東洋平さんの3rdアルバム『Door』(坂本サトルプロデュース)のジャケットも、イタガキさんが手がけています。

レコーディングマイクで録音した高音質のfirst take

アルバムジャケットのイラストにも登場していますが、サトルさんの前に配置されているのは、コンデンサーマイク(レコーディングマイク)です。
配信ライブでありながら、サトルさんのボーカルやギターの録音は、レコーディングマイクで行われ、スタジオライブならではの高音質での収録が実現したとのこと。もちろん一発どり(the first take)です。
以下の熊谷育美さんとの対話に出てきますが、レコーディングマイクは、マイクとの距離を掴むのがとても難しいのだそうです。
長年培ってきたサトルさんのアーティストとしての経験と実力が、本アルバムの高音質を実現したと言えるかもしれません。

13曲中8曲が「別れ」や「喪失」に関連した歌

本作は、1曲目『愛の言葉』2曲目『天使達の歌』と、2曲続けてサトルさんの代表曲で幕を開けます。
以下、筆者の感想となりますが、その後に続く歌で気がついたことがあります。
3曲目『コーンスープ』以降から10曲目の『バトン』まで、アルバムの全13曲中(ボーナストラックを除く)実に8曲が、大切な人を喪失していたり、別れの予感を感じさせる歌となっています。
3曲目『コーンスープ』、続く新曲の『半月』、5曲目『やぶれかぶれ』
6曲目『君に会いたい』
そしてカバー曲である7~9曲目『夏のクラクション』『Woman”Wの悲劇”より』『木蓮の涙』もすべてが別れの歌であったり、あるいは大切な人が不在となった歌。
どの曲も、サトルさんの切ないボーカルが胸を打ち、ギターとピアノの美しい旋律が心を震わせます。

これは筆者の想像ですが、本アルバムの構成は、
「悲しみ、喪失に向き合い、そして癒すこと」を念頭においた選曲がなされているのではないかと思います。
2020年からのコロナ禍で、多くの人が、たくさんのものや幾多の経験を失いました。歌を聞いて悲しみや喪失に向き合うこと、あるいは自分でも気が付いていなかった心の傷に、歌でそっと寄り添うことで、苦しい日々を過ごしてきたリスナーの心を少しでも癒してくれるような、そんな選曲をされているように感じました。

10曲目『バトン』は、大切な人を亡くしてしまった人の悲しみに寄り添い、その悲しみを少しでも和らげることができたら、と生まれた歌です。
「誰も君を責めはしないよ もう自分を許そう」「「さよなら」「ありがとう」繰り返す日々を生きて 続いていくんだよ 泣かないで」と、リスナーに寄り添います。
続く11曲目『大丈夫』は、軽やかで楽しいジャズアレンジが施され、心が弾みます。「ひとりじゃない 離れていても おなじ空の下いるから」「君の願いはきっと叶うさ 大丈夫」とリスナーを励まします。
12曲目『カルカロドン メガロドン』では、少し視点が変わります。
ジガーズサンの2017年のアルバム『SOUND OF SURPRISE』に収録されたこの曲は、「(恐らく)世界初、鮫の歯の化石が語り手」という曲。
ここ数年のパンデミックで苦しむ人類ですが、数千年前の化石からみたこの世界は「宇宙の全てがつじつま合わせ」であり、「離れて見たから全部わかるよ この星の未来が 進むべき明日が」「悪戯な運命など越えてくような 降りかかる哀しみはこの歯で砕いてやろう」と、時間を超越した俯瞰的視点でみれば、パンデミックによる人類の右往左往など、ほんの些細なことであると、考え方を切り替えてくれるようです。
そしてアルバムのラスト『アイニーヂユー』で、「この世界にはあなたが必要だ」と、今までがんばって耐えてきたきたリスナーのことを、肯定してくれます。

なお、選曲のバランスとしては、
1~6曲目・13曲目 自身のソロ名義曲
7~9曲目 カバー曲
10~12曲目 ジガーズサンのセルフカバー曲

と、実はきれいに3部構成のように分かれています。
サトルさんのボーカリストとしての幅広い魅力を、存分に堪能できる構成になっているのではないかと思います。

配信ライブ~MV~ライブアルバムという展開

この配信ライブですが、坂本サトルYou Tubeチャンネルにおいて、本アルバムの約半分にあたる7本の動画が、サトルさんのMUSIC VIDEOとしてアップされており、現在も動画を楽しむことができます。
「コロナ禍を生き抜くための方法の一つとして始めたYou Tubeの配信ライブ」でしたが、サトルさんはこのライブを、
①無料配信ライブ(投げ銭制)
②MUSICビデオ
③ライブアルバム

と、3つの展開に繰り広げていきました。
創意工夫とはまさにこのこと。サトルさんの手腕に感心してしまいます。

サトルさんは、コロナ禍になる以前から、
「”どこに住んでいるか?”ではなく、”何をやっているか?”が重要なのだ」という信念のもと、青森から音楽活動を行っていました。
コロナ禍では、サトルさんご自身も、ライブ活動が思うようにできず、もどかしく苦しい日々を過ごしていたかと思います。
そんな中でも、創意工夫を凝らしてライブを発信していくその姿に、リスナーはとても勇気づけられました。

ボーナストラック『天使達の歌』

本アルバム中、唯一、有観客のステージで歌われた『天使達の歌』が、ボーナストラックとして収録されています。
‘21年11月3日(水・祝)に、八戸ラピアというショッピングモールで開催された『GO!GO!らじ丸』公開収録。その時に歌われた『天使達の歌』。
ショッピングモールの吹き抜けイベント広場のようなところで行われたと思うのですが、音の反響があり、まるで教会で歌っているかのような荘厳さを感じさせます。
ピンと張りつめている空気感や、お客さんの集中力、サトルさんの集中力が奇跡のような空間を作り出しているのが、歌声からも感じられます。
サトルさんはこのときのライブについて、
「時計がゆっくりになってやがて止まったような、異空間にきたような感じ。感極まって泣くとかじゃなく、身震いした。もっと深い、音楽が生活の中で鳴ってるってこういうことだよなという感覚でした」
とラジオで仰っていました。
しんと静まり返った客席から伝わる集中力、感動、喜び。
そしてこのアルバム中、唯一収録されている、観客の拍手が感動的です。

’22年7月現在、残念ながらコロナ禍は明けているとは言えませんが、
サトルさんはライブを再開し、精力的に活動を開始されています。
『天使達の歌』で歌われてているように、
「(自分で)決めたこと 誇りに思って」進む決意を固めているようです。



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